修学院離宮・その2

前号に続く、鄙人茫猿の修学院離宮訪問記です。三十度を超える昼下がりの日ざしのなか、修学院離宮苑内を歩きながら桂離宮に較べて、今イチ知名度が低い理由を考えていました。桂離宮はまだ参観していないので正しい比較はできませんが、庭園の野趣具合いや建物の残存状況、何よりも桂離宮を「泣きたくなるほど美しい」と言ったブルーノタウトの評価などが影響しているのであろうと思われます。

そこで、両離宮の造営者の違いを考えてみました。時は戦国時代末期から江戸初期にかけてのころ、修学院離宮は後陽成天皇《1571〜1617》の第三皇子で後陽成天皇の次帝である後水尾天皇《1596〜1680》が造営されました。桂離宮は、後陽成天皇の弟君・八条の宮《1579〜1629》が造営されました。

後陽成天皇は弟君・八条の宮への譲位を考えられたものの果たせず、1611年に後水尾天皇へ譲位したのち、1617年に崩御されています。1588年には後陽成天皇の聚楽第行幸、1593年には文禄の役、1603年には江戸幕府が開府しています。時は元号で云えば、慶長、元和、寛永の頃です。

後陽成天皇が即位された1586年は、徳川家康が豊臣秀吉の妹・旭姫と婚姻を結び、秀吉に臣従した年です。後水尾天皇が即位した1611年は秀頼が二条城で家康に対面した年です。

後陽成天皇への秀吉の尊崇は篤かったと伝わりますが、後水尾天皇は父君との不仲が伝えられ、家康とも決して良好な関係ではなかったと伝わります。後水尾天皇が即位されたのは1611年ですが、その四年後の1615年には「禁中公家諸法度」が定められています。1615年は大阪夏の陣が起きた年でもあります。このあたりの事情を背景にして、隆慶一郎の「花と火の帝」が書かれています。

修学院離宮の敷地は上・中・下の御茶屋のほか、周囲の山林や水田も含めて545,000㎡という広大なものですが、当初は中の御茶屋は含まれておらず、広く含まれる水田や畑地は昭和39年に買い上げて併合したものです。水田は今も地元の農家が耕作しており、いわゆる賃借小作地です。各御茶屋を結ぶ松並木も明治になって整えられたものです。

今となれば、比叡山山麓を借景にし、美しく耕作される広い棚田を取り込んだ広大な回遊式庭園ですが、来歴を調べれば山あいに点在する御茶屋からなる離宮だったとも云えるのです。そうであるにしても、谷川をせき止めた浴竜池は高さ13m・延長200mの石垣が築かれており、当時の石高三万石程度であった天皇家が費用を捻出するのは大変だったろうと想像され、造営費用の大半は皇室との良好な関係を願う江戸幕府が拠出したものであろうと思われます。

後陽成天皇から後水尾天皇に至る頃の時代背景、後水尾天皇と江戸幕府との関係、なかでも後水尾天皇の女御東福門院和子《二代将軍秀忠の娘であり、淀君の妹・お江与の方の娘》の入内経緯などの諸々を考え合わせると、修学院離宮がどのような思いで、どのような経緯で造営されたのか、思いを馳せながら苑内を巡るのも興味深いものがあります。《宮尾登美子作・東福門院の涙》

兼六園や後楽園、六義園などの大名庭園とは、趣を大きく異にする修学院離宮です。明治以降に整えられた部分も多い庭苑でもあります。上中下それぞれの御茶屋は風情はありますが、壮麗とか華麗とはほど遠い建物です。そのあたりが、桂離宮と較べて知名度がやや低い由縁かもしれません。

それでも、背後に比叡山を望み、浴龍池越しに棚田を眺め、さらに京都の町並みを眼下に一望する景観は、汗を拭きながら巡る真夏でも素晴らしいものです。次は紅葉が盛りとなる11月下旬か、雪の降る冬に再訪したいと思わされたことです。《修学院離宮の参観記は、次号その3に続きます。》

写真は中の御茶屋から下の御茶屋そして上の御茶屋に続く松並木道です。中央の道は農道であり参観者は通れません。手前の畑は何処にでも見かける蔬菜畑です。右手中ほどは棚田の一部です。棚田は昭和39年に宮内庁が買い上げて、賃借小作地として元の所有農家に耕作させています。見たところでは、休耕田も転作水田もありません。

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地元農家の方が畦道の草刈りをされていました。誇りをもって耕作を続けられているのだろうと思われますし、収穫米は「離宮米」というブランド米です。《名付けての販売はされていないようですが、一般的に棚田の米は旨い米であり、縁故者のなかでは貴重なお米と評価されていることでしょう。》20160705nouhu

修学院離宮・その3へ続く
修学院離宮・その1はこちら

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