昨今のiNet状況と鑑定評価−1

標題テーマは、メモ書きの頃からすれば長く寝かせているテーマである。書き上げようと思うたびに、今さら退隠鑑定士が何を語るかと思い、現状を語れば過去に触れざるを得ず、それは自らを語ることにつながる疎ましさを感じてきたからでもある。

それでもAIとかデープラーニングなどという言葉が、TV番組や新聞紙上で多く見聞きされる昨今である。SNSでも関連する書込みが多く見られる。不動産市場におけるAIの浸透を驚きを持って語られるのを見聞きすれば、いささかの違和感を思うのであり、ひと言つぶやきたくもなるのである。
掲載するのは 一、用語について
二、現状認識
三、不動産鑑定評価 とAI  である。

一、用語について
《AI  とは》
AIとは人工知能(Artificial Intelligence)のことであり、人間が知能を使ってすることを機械にさせようとする考え方と、人間の知能そのものをもつ機械を作ろうとする考え方がある。両者は似て非なるものであるが、究極のAIは後者であるのかもしれないが、ここでは前者を考えてみる。いわば不動産鑑定評価の考え方を何処までコンピュータに置き換えること《代行させる》ができようかということでもある。

AI置き換えが現実のものとなっており、コンピュータと人間の対戦が話題になっていることは、オセロにはじまりチェス、将棋、囲碁などがある。自動車の自動停止や自動運転もその一つである。

《デープラーニング とは》
デープラーニング( deep learning)を直訳すれば深層学習となる。多層構造のニューラルネットワーク( deep neural network)の機械学習のことであり、汎用的なAIと云えよう。ニューラルネットワークとは人間の脳神経回路を模したモデルである。多層・並列・並行的ネットワークとも有機的ネットワークとも云えよう。

《パソコンとネットワークの進化》
AI とかデープラーニングが話題になるようになったのは、パソコン並びにコンピュータシステムの劇的な進化が果たした役割が大きい。パソコンの進化はインターネットの進化と発展を助長し、かつては扱えなかったマスデータ(ビッグデータ)を一般でも収集し保存し、容易に解析できるようになった。 並行してアルゴリズム(algorithm:問題解決の手法・手順)の進化も大きく寄与している。

二、現状認識
《取引データの収集・管理・利用》
不動産鑑定評価 に置き換わる「AI 評価」などといえば、鑑定士の職域が侵されるとか、鑑定士の生き残る場所はなどと短絡的な感想が多く聞かれる。しかし、現状をよくよく認識すれば、鑑定評価の多くの場面では、既に広い意味でのAIに置き換わっているのが実態なのである。AIといえば誤解を招くから、自動実行機能をもつコンピュータネットワークシステムとかデジタルシステムと云えば理解されるだろうか。

取引事例カードはアナログシステム、すなわち切り貼り紙資料を収集し整理保管し、必要に応じて閲覧するシステムから、デジタルシステムに既に置き換わっている。データは総てデジタル化しホストサーバに保管されており、必要に応じてネットワークを通じて閲覧利用されているのである。これらの工程のうち、検索絞込みの一連の工程は一つの広義AIシステムと評しても大きな誤りではなかろう。

そして、取引事例の原始データである所有権移転登記済みデータ並びにアンケート回収データである取引価格データはマスデータとして、不動産価格指数分析に利活用されている。取引マスデータから取引価格指数解析に至る工程で人間(鑑定士等)が関与する場面は少なくなっており。新しく開発されたアルゴリズムに置き換えられている。

《不動産価格自動査定システム》
自動化価格査定システムなどと云えばオドロオドロしいけれど、不動産関連のサイトを開けば、どのサイトも無料価格判定をうたうサイトにリンクしている。価格査定サービスが無料で提供されているといえば驚くが、その実態は驚くほどのことではない。

例えば、ある地点を入力すると、背後にあるGISシステムはその地点の正面街路の固定資産税路線価にリンクして路線価格を検索してくる。《モニター上の一地点をクリックしても同じことである。》 その路線価格に個別要因価格比準を行えば、一定の誤差の範囲で指定地点更地価格が表示されると云うだけのことである。より進んだアルゴリズムを駆使するサイトであれば、時点修正や直近取引事例を加味して査定するのであろう。 ”それだけのこと”とは云うけれど、パソコンの演算速度、演算容量、そしてインターネットの速度進化と開示データの進化があってのことである。

路線価に大きく依存しなくても、地価公示価格や固定資産標準価格それに自社等保有取引事例をベースにして、数量化数値化価格形成要因を比準すれば一定程度の精度が認められる価格が演算できるのである。特に驚くほどのことでもない。固定資産路線価敷設システム自体がAI評価システムであると云ってもよいのである。

もう一点付け加えれば、現状の自動価格査定システム《AI評価》は顧客サービスや顧客誘因を目的とするものであり、eコマースにリンクするものであり、低廉鑑定評価を目的とするものではない。しかしながら重要事項説明書に添付される価格査定書については刮目すべきである。競売評価書と較べて如何などと野暮なことは云わないが、市場におけるAIの浸透は留意しておきたい。

更地価格に始まった不動産価格査定システムは、都市圏域市場の過半を占めるに至ったマンション市場において一段と進化している。マンション取引市場がネット化するとともに市場に蓄積される販売データは膨大なものとなり、そのマスデータを利用した価格査定システムが構築されるに至ったのである。マンション市場における自動価格査定システムは、既に不動産鑑定評価 に抗し得る規模と精度を有するに至っているとも云えよう。取引データの鮮度と量から云えば、鑑定評価を上廻っているとも云えよう。《床下に潜り天井裏に登るホームインスペクションなどとは次元が異なる世界のことである。》

ネット上で手軽に利用可能な要因データも格段に増えつつある。駅等交通施設・SCやコンビニ等商業施設・学校役所等公共施設といった施設・距離情報だけではなく、都市計画用途地域やハザードマップといった区域・圏域開示情報も一段と増えている。

三、不動産鑑定評価 とAI
不動産鑑定士の思考論理の多くをコンピュータアルゴリズムに置き換えることは、量子コンピュータが登場するような近い将来において可能なことであろうと考えられる。ただ、鑑定評価の市場規模を考えれば、それほど近い時期に起こりえるとは考えられない。しかし、不動産市場におけるAIを利用した自動価格査定システムは、情報開示の進展とともにその進化の速度を増してゆくであろうと考えられる。

不動産取引価格指数は住宅地指数からより難度の高い商業地指数の公開に移行しつつある。そこでは指数解析アルゴリズムが一段と進化したのであろうと推測できる。ビッグデータをもとにして多変量解析システムやヘドニックアプローチを駆使できる環境が整ったと云うことでもあろう。

そこで求められるのは、市場における自動価格査定システムや自動解析価格指数システムとは異なる不動産鑑定評価 固有のあるいは特有の解析や解析結果なのであろうと思われる。同時に重要なことはクライアントに説明責任を如何に果たすかであり、如何に信頼を得るかなのであろう。

駆使できるAIシステムを駆使したうえで、なにを積み重ねられるか、積み重ねるべきかということなのではなかろうか。ここで問題なのは、その種の積み重ねがあまり求められない公的評価の領域である。ルーティンワークに習熟することのみが求められる業域では閾値とか予定調和を超える取組みは排除され易いのである。ここでも変化する環境に適応する鑑定士が生き残るのであり、不適応鑑定士は淘汰されてゆくのであろう。
昨今のiNet状況と鑑定評価−2 へ続く】

 

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