四十年くらい前に植えた槙が大きくなり、柑橘類の日照を阻害するようになっていたので伐採を試みた。一番大きな木は樹高約10m、胸高径約20cmに成長しており、高齢者の単独作業としては危険な作業と承知しているが、できるあいだに伐採しておこうと考えたのである。今や思いついたが吉日であり、明日を思うことは仇し心なのである。
根元から伐採すれば安全性は高いが、倒す方向を誤れば柑橘樹や桜を痛めてしまう確率も高いので、まずは梯子の届く地上4〜5m部分で切り落とすのである。ロープを張り、倒す方向を確保したうえで、梯子の上でチェーンソーを使用するのであるが、これが危険な作業である。
足場が不安定だし、万が一にも伐採者の方向に倒れてきたら、梯子から落下するだけではすまないかもしれないのである。実際に一度は頭上めがけて倒れてきて、したたかに頭を打たれた。チェーンソーは止めたあとだから大事には至らなかったけれど、梯子の上でチェーンソーなどは基本的に素人が使うものではない。
とにもかくにも、槙と柿の木あわせて七本の伐採作業を終えた。地上部分2〜3mは残して生け垣に仕立て直すかとも考えたが、先行きを考えて根元から伐採した。 日照を阻害されて衰えをみせていた八朔、甘夏、金柑も日当りが良くなったから回復するだろう。槙の枝が覆いかぶさっていた桜も邪魔な張り出し枝が無くなり、機嫌が佳くなることであろう。桜の防除も楽になるだろう。
南東方向の日照障害物が無くなりすっきりとした伐採後《05/08 pm 03:00》、手前は柑橘類、奥は大島桜である。
明日からは、伐採した木材の後片付けをしなければならない。伐採木は適当な大きさに切断して野積みしておき、冬になったら風のない日に畑の隅で焼却処分するのがいつものことである。今回は大量の薪ができるから、因幡の国の友人のように薪ストーブでもと考えたが、残念なことにストーブを置けるような適当な場所が無い。多少の薪を残しておけば、孫たちがやって来た時に焚き火の材料となるだろうと考えている。一部は素掘り排水溝の土留め擁壁にでも利用するか。
写真左は根元から伐採して日当りの良くなった跡地。中央は根元部分伐採前。右は茫猿の身拵え。 現役の頃は、鉈を加えたこのような山仕事道具や編上げ長靴を常に車のトランクに備えていた。いつ山林現場が舞い込んできても対応できる準備である。
日当りが良い場所の温州蜜柑はたくさんの花を咲かせて、甘い香りを漂わせている。今は、みかんの花咲く丘ならぬ鄙里なのである。
今年も山法師が咲いた。濃い緑の葉陰に浮かぶ真白の花。茫猿の好きな花ベストスリーの一つである。ちなみに他のベストスリーは、もうすぐ咲くだろう大山蓮華、そして「鄙からの発信」定番の鄙桜《山桜》である。
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