阿修羅像と葛切り

穏やかな秋日和の昼下がりである。 お彼岸に合わせて今年も時季を違えることなく紅い花を咲かせた曼珠沙華は盛りを過ぎたが、今は金木犀がたくさんの花をつけ濃い香りをあたりに漂わせている。しばらく悩まされていた奥歯も今朝には抜歯処置を受け、痛みは時間とともに薄らぎつつある。

病歯《わくらば》の  抜きて深まる  老いの秋  《茫猿》

さて、古都逍遥の続編です。 蕎麦屋「よしむら」で心に残る昼食を終えた茫猿たち同行ふたりは、近鉄西ノ京駅から西大寺駅経由にて近鉄奈良駅に向かいます。

近鉄奈良駅地下ホームから地上に出ますと、連休谷間《敬老の日連休と秋分の日連休の谷間》の平日昼下がりというのに、さすがに古都奈良の中心らしく鄙人の目には雑踏の街でした。もいちどのセンター街《正しくは餅飯殿センター街:もちいどのセンター街をもう一度と誤読していました。》に通じる東向町通りをしばらく南下し、三条通りの坂道を東へ向かいます。 猿沢池にさしかかるあたりから同行者は遅れがちになり、興福寺五重塔を前にして、「歩き疲れたから、私はここで待っている。」と言い出します。

日頃の鄙暮らしでは車ばかりに頼って歩くことが少ないから、町歩き、まして坂道は足弱にこたえるようなのです。興福寺境内や奈良公園内は歩かないで、阿修羅様にお会いしたらタクシーで宿へ向かうからとナダメスカシテ、やっとの思いで興福寺国宝館にたどり着くのです。

興福寺国宝館内のベンチで休む同行者を残して館内を一巡する茫猿は、千手観音菩薩像拝観などはそこそこにして、乾漆八部衆像や十大弟子像が立ち並ぶ部屋に至ります。八部衆は仏を守る異教の神々と伝えられますが、阿修羅像をはじめ五部浄、沙羯羅(さから)、乾闥婆、緊那羅像などが武装しながらも少年の面差しなのが、不思議でもありやすらぎを感じるものでもあります。 折悪しく修学旅行生や老人会らしき集団で、阿修羅像前は混雑していましたが、次にお会いできる機会はいつのことになるやら判らない茫猿は、人混みを避けて壁際から阿修羅様や五部浄様との対面を心ゆくまで過ごすのです。

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憂いをたたえながらもまだ幼さを残す阿修羅像もさることながら、五部浄像《右側の像》もそして八部衆と対峙して立ち並ぶ十大弟子像も穏やかな顔をみせて幽遠な空間を形づくっている。行き過ぎるやや騒がしく気忙しい集団をやり過ごしながら、立ち去りがたく一つひとつの像と向き合っていましたが、ベンチで待つ同行者に急かされて興福寺国宝館を後にするのです。

興福寺前からこの日の宿へと向かう定期バスに乗車してすぐに気づきました。同行者にとってはこの旅の目的でもある葛切りを忘れていたのです。 食べ物の恨みは百年祟るともいいますから、慌ててバスを下車し通りかかったタクシーをつかまえ、「東大寺前の天極堂へお願い。」と伝えるのです。予想したよりも小振りな店構えの天極堂で、空席を見つけて注文したのは、葛切り葛餅です。IMG_0572

 

黒蜜にからめていただく葛切りは喉越しひんやりと甘く上品な味です。 出来立てということでまだ温かい葛餅も味わったことのない食感でした。 粘りがあるようでいてサラサラ感があり、切り分けもサクサクに近い感じで切りとれるのです。まぶしてある黄な粉も余計な焦がし臭さなどのない上質なものでした。

葛切りを食すという約束を果たし終えた茫猿は、休憩を望む同行者を宿へ送り届け、奈良町をさしたるあてもなく独り歩くのです。 iNetで夕食候補とする店を幾つか探していましたから、それらの店構えを確認するのも逍遥目的の一つ、なにか良さげな店でもあればというのも目的の一つ、もちろん、奈良町の風情を楽しみたいというのも目的です。

ならまち(奈良町)は、興福寺や近鉄奈良駅の南側に位置し古い町屋が残る区域の通称である。 多くの路地をふくむ狭い街路に、江戸期からの町屋が多く建ち並ぶ。ほぼ全域が元興寺の旧境内にあたる。48.3ヘクタールが奈良市の都市景観形成地区に指定されている。 町屋造りの旧家と新しい工法の民家や店舗が渾然と町並みをつくっている。 写真手前は漢方薬店、写真左奥は蚊帳を商う店です。DSC08466

狭い道は曲がりくねっており、こんな行き止まりの路地が幾つもあります。一人旅ならば、覗いてみたい行灯を掲げる店も見えます。DSC08457

あらかじめリストアップしてあった倭地鶏の店は、どれも若者向きの構えであり老夫婦には似合いそうもないので、奈良町の奥で町屋を改装した料理店を見つけて、この日の夕食としましたが、可もなし不可もなしという夕食でした。お昼の蕎麦、三時の葛切りが佳かっただけに、残念なことでした。 でも夕菜のなかで「」だけは、初めていただく珍味でした。珍味というほどの癖もなく、歴史教科書で知る「蘇」とはこれかと、小さな塊りを味わいました。 これにて奈良古寺巡り初日はおしまい、明日は斑鳩へ向かいます。

 

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