海浜鉄道&臨海鉄道

2012.03.29 水戸市からは鹿島・大洗方面に鹿島臨海鉄道大洗鹿島線が出ていますし、一つ仙台よりの勝田駅からは那珂湊方面にひたちなか海浜鉄道湊線が出ています。

偕楽園を出た茫猿は水戸駅に戻り、常磐線を勝田駅へ、そして「ひたちなか海浜鉄道」の乗客となったのです。

    

勝田駅から、ひたすら広がる北東関東平野のなかを那珂湊まで進み、さらに終点阿字ヶ浦駅まで乗りました。阿字ヶ浦駅は駅前に数軒の民家が点在する無人寒駅でした。 3名の相客がいましたが、その人達は折り返しのワンマン・ジーゼルカーに乗って、また水戸方面へ戻っていってしまい駅頭には茫猿ただひとり残されてしまいました。 自販機一台以外は近くに食事の場所もなく仕方ないのでで、駅案内板の隅に記載されてあるタクシー営業所を呼び出して、阿字ヶ浦駅から国営ひたち海浜公園へと足を延ばすのです。《クリックすれば、拡大します。》

    

「海と空と緑が友達 爽やか健康体験」をテーマとするこの公園は老境に近づいた孤独な旅人には、あまり相応しいものではなく、茫猿に適当な食事場所もありません。 それでも園内を周回するシーサイドトレインに乗り、標高58mのみはらしの丘に登れば園内と太平洋が眼下です。

    

左の写真はみはらしの丘より、阿字ヶ浦方面を望みます。 みはらしの丘は五月になればネモフィラの花が満開になるとパンフには記されていますが、咲き始めている花をよくよく見れば、我が藪に近頃増えてきた花とよく似ています。野生種と園芸種の差はあるのでしょうが。

がんばっぺ茨城と吠えているのは犬ではありません。茨城県の白図です。それにしても、こうやってデザイン化すると「ガンバッペー   ウオーン」と見えてくるのです。
(蛇足) ひたち海浜公園から北方約5km、同じ太平洋沿岸には、東海村原子力発電所が立地しているのですが、みはらしの丘からはそれらしき施設は確認できませんでした。  国営公園とは国が維持管理を行う都市公園として、国土交通大臣が設置するものです。

さて、海浜公園からタクシーで勝田駅に戻った茫猿は、水戸駅を経由して鹿島臨海鉄道に乗り大洗駅に向かいます。 得難い機会だから鹿島神宮に参拝もしたかったのですが、夕刻までの残された時間を考えれば、水戸にもう一泊と云うことになりそうで、さすがに断念しました。

    

鹿島臨海鉄道は、田園地帯を高架線路で淡々と走り抜ける単線鉄道です。 左が水戸駅、中が大洗駅手前、右が大洗駅です。左写真の右側は特急ひたちを模した売店の外装ですが、随分と埃っぽいのが情けないことです。

    

左が大洗マリンタワー(見ただけで登ってはいません)、中が髭釜睦会(商店街組織? 地名でしょうが面白いので)、『鄙からの発信』定番、大洗の蓋。 大洗も津波被害を受けたそうです。 大洗町災害対策本部によると、大洗の津波第1波は11日午後3時15分。津波の高さは1.80m。地震発生から約30分後だった。最大の津波4.2mは同4時52分だった。 津波の高さが東北地方沿岸と比べて低かったことや地震発生から第1波到達まで30分あったこと、さらに防災無線や複数の機関による避難指示が明確だったことから人的被害は軽微だったようだ。

それにしても青森県八戸から茨城県大洗まで押し寄せた津波は、文字通り東日本大震災をもたらしたのだということが、この旅でとてもよく実感できた。 大洗あたりは尋ねなければ、あるいは記録や写真展でも見なければ、街角に津波災害の痕跡はあまり見あたらない。

 

 

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