鮨・蕎麦・桜

島暮らしの次男を応援に出掛けていた家人の慰労をかねて、(12.04.14)奥琵琶湖の桜を訪ねてきました。 ろくに下調べもせず、思い立ったが吉日、土曜日だけど雨の日だから道路も混んでいないだろうと、思い込みだけの出発でしたが、ハズレもありアタリもありの北国街道路でした。

関ヶ原からR.365を行き、木之本から奥琵琶湖周遊道路で海津大崎経由、マキノまでの道のりです。出発時の雨は奥琵琶湖に着く頃は上がっていたのですが、自家用車は少なくても関西や東海方面からの観光バスは結構な数でした。 多分、半年も前からの行楽予定だから、晴雨・寒暖にかかわらず予定消化ということでしょう。 桜は予想どおり、北風の吹き抜ける場所は蕾固し、風が遮られ日当たりの良い場所は六、七分という感じで、全体としては二、三分というところでしょうか。今週末あたりが見頃を迎えるのでしょう。 雨に煙る琵琶湖と桜にはやや遠いものでした。

咲き初めの桜越しに見る比良山系はまだ雪を抱いています。 海津大崎では六分咲きくらいで、湖畔を歩く花見客も多くいました。
予定を消化する湖上花見舟の観光客には、冷たい風が気の毒な天候でした。

 

奥琵琶湖高島市マキノ町にて昼食をと、カーナビを頼りに一、二軒のお店を探したなかで、店の設えが気に入って訪ねたお店が「湖里庵」ですが、残念ながら予約以外はお断りということでした。 湖里庵の向かい側に佇まいの良い鮒鮨の店を見つけて入ったところ、湖里庵の経営母体とのことですから、もう一押ししましたが、予約満席で悪しからずと再び断られ、鮒鮨をもとめるだけにしました。 《ここは、必ず再訪したいと考えているところです。》

鮒鮨の魚治から少し東よりの旧街道沿いに小さな人だかりが見える「竹生嶋」という酒造がありました。伺えば、花見期間中のみの限定で手打ち蕎麦を供し、蔵出し醸造酒も飲めますというわけで、「私を誘ったのは、そういうことと判ってましたよ。(運転要員)」という呟きを聞き流しつつ、醸造元の仮設店舗にお邪魔したのです。

左が、竹生嶋醸造元の仮設店舗、いただいたのは、鯛のスモーク、ミゾレ酒、そして実演手打ち蕎麦です。 なにせミゾレ酒(シャーベット状の日本酒)ですから、少し寒いのですが、飲むほどに暖かくなり、蕎麦も鯛スモークも美味でした。

 

 とまあ、これで終わればなんと云うこともない北国街道路ですが、家人の慰労という目的に疎らな桜と冷たい蕎麦だけでは、些か不十分という訳で、さらに北へ足を延ばして福井県丸岡の大宮亭を目指したのです。 こちらで、暖かいかき揚げ蕎麦を食し、家人は納得しましたが、桜がまだ不十分というわけで、さらに北へ向かうのです。
《大宮亭のおろし蕎麦は納得の辛さです。》

 

夕刻近く、金沢駅付近に宿をとった茫猿たちは香林坊散策に出掛けるのですが、その前にひさしぶりに訪れた金沢駅に驚かされました。 駅前広場が面目一新していたのです。
    
鼓門と呼ぶのだそうですが、駅前の壮大なモニュメントは必見です。詳しくは公式サイトをご覧下さい。  集成材で造られた鼓門と銀色のパイプで造られたもてなしドームの対比は見事です。

香林坊で周回バスを降り長町武家屋敷町を歩きますと、遊歩道を和服姿でベンツを運転し、お屋敷に消えてゆく品の良いお年を召した女性に驚かされ(居住者は車輌進入が許されている)、鞍月用水沿いの地料理の店・高崎で、がす海老刺身、ナメタ刺身、白海老唐揚げ、蕪すしなどなどで満腹し、金沢の夜を堪能しました。 兼六園は夜間ライトアップ中とのことでしたが、夜風が肌寒いことから翌日廻しにしたのです。

翌朝六時、茫猿だけは北陸鉄道・浅野川線に乗って、内灘へ向かいます。 内灘は子どもの頃に内灘闘争が報道されていた記憶が残っており、地方鉄道だけでなく内灘という町にも興味があったのです。 北鉄金沢駅を出て郊外住宅地を抜け、鄙びた町に着きましたが、闘争当時の面影などは何処にも残されていませんでした。

    
(左)北鉄金沢駅(地下駅)、(中)内灘駅、(右)粟ヶ崎駅付近、大野川鉄橋を渡る北鉄電車。

天候も回復した12.04.15、兼六園の桜は満開でした。
    
(左)金沢城石川門、(中)同じく石川門付近、(右)そして兼六園関守石。

兼六園の桜は美しいのですが、歩き、眺めるに追われ、咲き残す紅梅や時雨亭の茶席に心奪われ、ろくな写真が残っていませんから割愛します。 なかで、茫猿が学んだのは「関守石」です。園内のあちらこちら、路地や踏み石の上に棕櫚縄でからげた小石が置いてあります。 時雨亭の女性スタッフに伺えば、進入禁止を示す関守の石とのこと、不粋な立て看板に代わる粋な標識なのです。
  
内灘の蓋です。

 

表題の鮨ですが、鮒鮨は前日のこと、この日は遅い昼食を金沢港付近のお寿司屋さんでいただいたのです。かねてから金沢港付近にはお値打ちなお寿司屋さんがあるとWeb情報で知っていましたから、探しさがし向かったという訳です。 探し当てたのは「宝生寿司」、「福寿司」の二軒、選んだのは福寿司でした。 いただいたのは地物十貫握りと青海苔の味噌汁&ヒカリモノ五貫、家人も納得の美味しさでした。 という訳で、次に北国街道を辿る時まで、湖里庵と宝生寿司は預けておくというお話しです。

ところで今回の小さな旅で思い知らされたことに、桜というモノは、一本桜佳し、見渡すかぎりの桜も佳し、おのが鄙桜なお佳し、柳に桜佳し、松の間にまの桜佳し、咲き初め佳し散り染め佳しなのですが、うまし酒、うまし肴あればなおのこと好しという、改めて記すまでもない定跡なのでした。

今日も薄花曇り、鄙桜は花弁の桜色を増して散り初めています。
    夕刻になって、日が射してきた。

 

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