北紀行§3 最北の駅

2012.08.02 今日は市電と並んで今回の旅の目的の一つ、日本北端の駅を訪ねる日です。
旭川駅からノロッコ列車に乗って美瑛・富良野を訪ねラベンダー畑を見るパートナーとは別れて、09:12旭川駅発、宗谷1号の乗客となります。 旭川駅は2011.11.23に新装開業したばかりで、駅構内も駅前広場もまだ整備中で、全体になんとなくガランとしていますが、フォームに屹立して大屋根を支えるパイプで造られた大きな傘骨のような構造物が異彩を放っています。

左側写真は、パイプフレームが大屋根を支える高架駅プラットフォームにて出発を待つ網走行き特急オホーツク、 写真右は稚内へ向かう特急宗谷1号。
  
こちらは、遅れて09:55発、富良野へ向かう「富良野・美瑛ノロッコ号」です。

宗谷1号に乗車してしばらくの後、遅い朝食を熊笹寿し駅弁で摂っていると、車内アナウンスがこのように告げます。 「途中で、エゾシカなどの野生動物が出ますと急停車しますから、お立ちの方は手すりなどをお掴みください。」 さすが北海道である。

熊笹寿しは総て北海道産の素材で作られた寿しです。 炙りサーモン(道東産)、やまめ(上川産)、さんま(道東産)、ほたて(稚内産)、舞茸(愛別産)、お米(西神楽産)、熊笹(歌登産)
道内産の美味しい素材が寿司飯ととてもよく合います。 そして緑鮮やかで柔らかな熊笹の葉に包まれている笹ずしは、飛騨あたりの笹ずしともひと味違います。

稚内までの途中に明らかな原生林はなく、野生動物に出会って急停車することもなかった。 しかし、いまや原野化した農地・牧草地や、ところどころに残されている廃屋などを見ながら、特急停車駅でも数十戸を数えるだけの集落を行き過ぎながら、12:47 宗谷1号は稚内駅に到着する。

JRは関門トンネル線で九州と本州の線路がつながり、瀬戸大橋線で四国と本州が、青函トンネル線で北海道と九州がつながっている。つまりJR六社の線路はつながっているわけで、稚内駅は名実共に日本最北端の駅なのである。

   
(左)駅の案内板、「最南端(指宿枕崎線西大山駅)から北へ繋がる線路はここが(宗谷本線稚内駅)終点です。」と記載されている。 案内板の奥に見えるのが、茫猿が乗ってきた宗谷1号である。 (右)稚内駅舎を改装した時に、記念に残された従来の線路端末。 JR最北端が稚内駅なら、最南端は鹿児島県西大山駅、最東端は東根室駅、最西端は長崎県たびら平戸口駅である。 ただし線路ではないが、最南端の駅としては、「沖縄都市モノレール線(ゆいレール)・赤嶺駅」がある。

    稚内は前日の雨も上がり爽やかな快晴だった。正確な気温は記憶していないが、その後の札幌などの気温から推し量るにに、たぶん20度前後だったろう。陽射しを浴びて歩けば汗ばむものの、10kg強のバックパックがさほどに苦にならない天候だった。 (左)宗谷の車窓から眺めたサロベツ原野。  (右)遠くに宗谷岬を望む稚内の濃く蒼い海。 海の色が濃いのは水温が低いせいではないかと、タクシーの運転士が言っていた。宗谷岬に白く屹立するのは発電用風車塔である。

    稚内駅からバスで十数分ほどにノシャップ岬がある。 晴れていればそこからは利尻島が眺められる。 風爽やかな岬であるが、数名のライダーグループと茫猿に似たバックパッカー以外には人影もまばらな岬で、左の画面中央よりの水平線に利尻島が見える。 右はその拡大写真で、雲間に標高1721mの利尻富士の頂が見える。

    (左)ノシャップ岬では食事を摂りたいと思える店も無かったから(ウニ丼の看板を掲げる店は幾店かあったが)、再びバスに乗って稚内駅に戻り、稚内港内を歩いてみる。 道路標識に稚内港国際旅客ターミナルとあったから、樺太航路の雰囲気でも味わおうかと訪ねたのだが、ロシア・サハリン州のコルサコフ港を結ぶ航路・コルサコフ便は週に一便とかで、この日は閉館されていた。 (右)国際ターミナルの向かい側には利尻・礼文フェリーターミナルがあり、利尻島からのフェリーが到着していた。

      
稚内港には戦前に樺太航路の発着場として着工され、北側からの激浪を防ぐシェルターの役割を持つドーム付きの防波堤があります。北防波堤ドーム(旧稚内港屋蓋式防波堤)といい、稚内市下水道の蓋に意匠されています。 また、北海道産業遺産にも認定されています。 他に大きな港湾施設がないから、余計に往時の栄華の跡と云うに相応しい威容であるのが少し寂しいものです。

北防波堤から稚内駅に戻る途中、頭上をカモメが乱舞していた。

『鄙からの発信』定番、稚内の蓋である。意匠は北防波堤ドームである。 このあと歩き疲れた茫猿は、16:50発 21:50札幌着の宗谷4号を待って駅構内でしばらく過ごすのである。 北辺を旅する流離い人(さすらいびと)の浪漫が 物憂く珈琲を喫している肩先に漂っていたかどうかまでは知らない。 夜遅く札幌に帰り着いた茫猿は夏祭りで賑わう薄野へ出て、極々普通に鮨屋を訪ねて夜食とするのである。 翌日は、北海道会との親善行事、その前に札幌市電が待っている。

追記 昨日早朝(2012.08.15 04:30)、まだ薄暗いなかに、ヒグラシの鳴く声を聞いた。 カナカナと窓外の鄙桜で鳴いていた。 閑かに盆は過ぎゆき、秋は近いのである。 そこで一句。
ヒグラシの  なく声残し  盆はゆく  (茫猿)

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