茫猿残日録

2013.12.01をもって、『鄙からの発信』を『鄙からの発信・残日録』と改題する。 残日録とは、日残りて昏るるに未だ遠しという意味であり、幾ら残されているのかなど知りようもない、残る日々を未練がましく数えようと云うわけではない。 藤沢周平作「三屋清左衛門残日録」よりいただくものである。

「三屋清左衛門残日録」を下敷きとして、茫猿の心境を綴ってみるのである。

現役として鑑定評価業務に勤しんでいたころは、朝 目ざめたときにはもうその日の仕事をどうさばくか、その手順を考えるのに頭を痛めたのに、引退し父母の見送りも終えてみると、朝の寝ざめの床の中で、まずその日一日をどう過ごしたらいいかということから考えなければならない。

自らの鑑定評価業務以外に業界内外のあれこれにも関わっていた茫猿は、平日 事務所に居れば電話や来客に追われて、自らの業務は時間外や休日にこなすことも多かったのであるが、いまは終日一人の客も、一本の電話もメールも届かない。

茫猿自身は世間と、これまでにくらべてややひかえめながらまだまだ対等につき合うつもりでいたのに、世間の方が突然に茫猿を隔ててしまったようである。 それなりに多忙で気骨の折れる現役勤めの日々。つい四年ほど前まで身をおいていたその場所が、いまはまるで別世界のように遠く思われるのである。 その異様なほどの空白感が、奇妙な気分の原因にちがいないと茫猿は納得したのである。 そして以前にもどることが出来ないとすれば、その空白感は何かべつのもので、それも言えば新しい暮らしと習慣で埋めて行くしかないことも理解出来るのである。 しかし、何をもって埋めればよいのか、未だ思い至らないのである。

どのように死ねばよいのかとは、どのように生きてゆけばよいのかと同じことと判っているが、その生き方が判らないと云うよりも、まだ身に付いていないと云うのがほんとうのところであろう。 『鄙からの発信』にしてからが、扱いに倦ねているのである。 かつて身を置いた業界のことを記せば、今や浦島となった身が云うことはただただ世迷い事にしかならないのである。 日々の身辺雑記を記せば、その多くは愚痴や他者には面白くもない昔話になってしまう。

だから、先ず手始めに改題から始めたのである。とりあえずは『鄙からの発信・残日録』としてみたというわけである。 陋屋の庭はやや盛りは過ぎたものの一年で一番美しい時である。 小春日和には紅葉を透かしてとどく木洩れ日がとても好ましいのである。 年毎に昨年は何でもなかったことが厳しくなってゆくのを否応なしに感じさせられているが、相応に相応にと書き綴ってゆくつもりである。131203momiji

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