鑑定評価のパラダイム転換-Ⅲ

国交省が2014年度に予定している「登記、取引情報を集約する新不動産情報システム」の構築が、鑑定評価にどのような影響をもたらすのか考えてみたい。 新不動産情報システムは、2014年度にプロトタイプを構築し、2015年には試行運用を実施する予定である。 登記・取引情報の集約のなかには、現在施行中の《地価公示ひいては鑑定評価が取引基礎資料を依存している》取引価格情報提供制度もいずれかの時点で同情報システムに包含されるか、または連繋されてゆくことであろう。 その際に不動産鑑定士が情報システムの傍観者に止まるのか、枢要な位置を占めることができるのかについて考えてみたい。
一、取引価格情報について予想される状況 《情報の透明化》
二、取引価格情報が開示される状況 《情報のコモデテイ化》
三、デジタル化及びネット化がさらに進む状況 《デジタル化とアナログ手法》
四、不動産鑑定評価は何処を目指すのか 《情報の収集・解析》
五、対応策優先順位の見極め 《捨てるもの残すもの》

一、取引価格情報について予想される状況 《情報の透明化》
新不動産情報システムが、取引情報を、よりオープンなデータベースとして消費者に提供することを目標とする以上、情報の一元的整備とさらなる透明化が進められてゆくと予測される。 「不動産流通市場における情報整備のあり方研究会」が公表する中間取りまとめは、「不動産情報を市場へ提供して透明性を高めることは、投資環境整備の要の一つでもあり、情報ストックの整備・提供によって、欧米諸国の諸都市のように透明性の高い市場環境となることが期待される。」とも述べている。 《参照資料:(中間取りまとめ公表の前月公表資料):不動産に係わる情報ストックの整備について:2012.08》

そして国交省土建局、平成26年度予算概要10頁では、不動産流通市場の活性化関連事業として、◎不動産関係情報ストックシステムの整備、◎消費者への情報提供等に係る先進的取組の支援、◎新たな建物評価手法の普及推進を挙げている。 情報ストックシステムの整備だけでなく、消費者への情報開示支援や新しい建物評価手法の普及推進なども含まれているのである。

今後に予想される事態はいわゆるA案の実現に向けて環境整備が進められてゆくのであろう。 同時に取引成約情報のみならず、レインズその他の売出情報、行政体の保有する属性情報、取引価格情報《地価公示由来情報》等を網羅するハブ・データベースの構築を国交省は目指しているのである。 ※A案については「不動産取引価格情報の提供制度の創設について」参照。

つまり、不動産取引情報について、網羅性、透明性、属性情報の充実、そして公開性を進めてゆくと「中間取りまとめ」は述べているのであり、2014年度のシステム構築、2015年度の試行運用を予定しているのである。 中間取りまとめが示す方向へ一直線に進み、市場の透明化が実現し、情報ストックシステムが円滑にかつ速やかに稼働するとも思えないが、それにしても不動産取引情報のデジタル・データベース化とiNET化が徐々に進んでゆくということである。 また、当面は中古建物なかでもマンションを主たる対象とする情報整備であろうが、「中間取りまとめ」も述べているように非住宅を含む不動産流通市場全体に波及するであろうことも、当然のごとく予想される。

(注)情報ストックシステム関連の2014年度の事業予定は、H26土建局予算概要書の10頁に述べられている。 システムに集約が予定している情報は、登記情報、取引履歴情報( レインズ成約情報等)、周辺の価格情報( 地価公示、取引価格情報等)、用途地域等都市計画情報、周辺環境に関する情報( ハザードマップ、公共施設、交通条件等)などである。

二、取引価格情報が開示される状況 《情報のコモデテイ化》
不動産取引情報ストックシステムが構築され、網羅性、透明性、属性情報の充実、そして公開性を目指す運用がなされる、その時に鑑定評価はどうあろうとするのか、どうあればよいのか?
不動産取引市場において取引《価格》情報が閉鎖的であるという実態を所与として、不動産鑑定評価は長らく存在してきたのである。 閉鎖的市場から様々な手段を駆使し、努力を払って取引価格情報を収集取得し、収集し蓄積したのちには《個人情報保護法のことはさておき》自らも閉鎖的であることに鑑定評価ビジネスモデルを築いてきたと云っても過言ではなかろう。

取引価格情報の網羅性と透明性の充実拡大は、閉鎖的取引市場に安住する鑑定評価の根底を崩すものとなるであろう。 取りあえずは、「不動産取引情報ストックシステムにアクセス可能な者とそのレベル」によって《それなりの》格差が生じるであろうが、システムが消費者への情報提供をうたうものである以上、そういった類のアドバンテージは徐々に消えてゆくであろう。 つまり、単に取引価格情報を持っているか否かは、鑑定評価の精度にさほど影響を与えないということである。 それほど遠くない時期に誰もが知り得る《知っている》取引事例を基盤として、鑑定《比準価格》評価書が作成され交付されることとなる。 そこでは今以上に取引事例の分析能力や《価格情報が語るものの》説明能力が問われることとなろう。 それは個々の取引事例が物語るものだけでなく、多数の事例が物語るもの《趨勢値》を解析し説明する能力も問われることであろう。

三、デジタル化及びネット化がさらに進む状況 《デジタル化とアナログ手法》
不動産鑑定評価制度が創設された1960年代の、不動産取引市場は暗黒大陸とも揶揄されていた。 そんな市場の活性化や透明化に寄与することも期待されて創設された不動産鑑定評価は、制度創設以来、アナログ的手法が業務手続きの主流であり、事例資料の収集に多くの時間と労力を割いていた。 今や取引市場もデジタル化やウエブ化が大きく進み、様相は様変わりしているのである。

1970年当時では、電卓が今のパソコンクラスの大きさであり、その価格は学卒初任給を大きく上まわるほどの高額商品であった。 そして当時の鑑定評価業務は算盤や計算尺を駆使するアナログ作業であった。 当然のことながら、業務の現場にパソコンは存在していなかった。

不動産鑑定評価基準の制定以来《1964.03》、半世紀を経過した現在では、電卓は携帯電話の機能の一つであり、関数電卓でさえスマートホーンの一つの機能となっている。 パソコンもインターネットも、鑑定評価業務における日常的ツールとなっている。 かつて主流であったアナログ的評価手法が属人的職人芸であると云えるとすれば、デジタル的手法は業務の標準化でありコモデテイ化を促すものである。

デジタル化の進展が業界にどんな影響をもたらすかについては、フィルム業界に顕著な例がある。 デジタル化以前のフィルム業界はフジ、コダック、アグファ、コニシの四社寡占業界であったが、デジタルカメラが業界を席巻してから僅か十年余で、コダック、アグファ、コニシは市場から退場し、僅かに残るフジも業容を一変させている。 ゲーム業界においては一世を風靡した任天堂がゲームのネット化《スマホ化》に乗り遅れて業容を悪化させている。 デジタル化とネット化がますます進んでゆくなかで不動産鑑定評価はどのような業態や、どのような手法を目指してゆくのであろうか。

四、不動産鑑定評価は何処を目指すのか 《情報の収集・解析》
デジタル化とネット化の進行は、専門知識、経験、判断力など、いわば属人的いいかえれば職人的能力に多くを委ねていた業務態様を大きく変化させ、「標準化でありコモデテイ化」を一層進めてゆくであろう。 この点について、トーマス・フリードマンはその著『フラット化する世界 』で次のように述べている。

 医師、弁護士、建築家、会計士などの知的職業にたずさわるアメリカ人は、人間同士の微妙な触れ合いに精通しなければならない。なぜなら、デジタル化できるものはすべて、もっと賢いか、安いか、あるいはその両方の生産者にアウトソーシングできるからだ。

バリューチェーン(価値連鎖)をデジタル化でき、切り分けることができ、作業をよそで行えるような活動は、いずれよそへ移されます。
『フラット化する世界 』 フリードマン 日本経済新聞社刊より引用

今や、他者が作成した鮮度が劣る資料(いわゆる地価公示由来データ)に過度に依存する旧来型の鑑定評価とは決別を余儀なくされるだろう。 そして鮮度の新しい新不動産情報システム由来データ等を基礎として、自らが個々の資料の詳細を調査し、さらには多くのWeb市場データ等をも母集団とした地理情報的解析や時系列分析結果を背景とする、鑑定評価に移行してゆくであろう。

それはデジタル化であると同時にデジタル化データを基盤とするアナログ的手法とも云えるものであり、本来あるべき姿の鑑定評価とも云えるものであろう。 基礎資料が透明化され普遍化するということは、個々の鑑定士の分析処理能力がますます問われる時代を迎えることとなるであろう。 同時にデジタル・ツールやネット・ツールを駆使する鑑定士能力の向上と、それらを基礎とする鑑定士個々の解析能力と説明能力が問われることになろう。 何よりも不動産鑑定評価に情報を提供し、その需要が存在する不動産市場そのものあり方が大きく変化してゆこうとしているのである。

五、対応策優先順位の見極め 《捨てるもの残すもの》
取引価格情報等の有り様、入手方法、提供方法等が変わってゆくとして、直ちに具体的な対応策が示せるものでもない。 取引市場が変わろうとも、不動産の経済価値を判定し貨幣額で表示するという鑑定評価の本質が変わるわけでもない。 しかし、市場における鑑定評価の相対的地位は変わらざるを得ないだろうし、鑑定評価の手順・手法も変わってゆくであろう。 それらの予測のもとで、どのような準備を進めてゆくかが問われているのであろう。
とすれば、(1)新不動産情報システムに関わる詳細な情報を得ることが必要であろうし、国交省が描いている具体的なスケジュールを知るべきであろう。 (2)関連業界、なかでもレインズに関わる宅建業界が意図するところも知りたいし、大胆な連繋も有り得るだろう。 (3)その上で、今後三年あるいは五年のあいだに鑑定業界が取り得る対応策あるいは準備作業といったものを具体化したいと考えるのである。

一連の記事で取り上げたのは、新不動産情報システムが構築され、鑑定評価の基礎資料の入手方法その他が変わるということに止まらない。 不動産市場が《国際標準的に》透明化され投資環境が整備されてゆくなかでは、鑑定評価も変わらざるを得ないであろうということである。

「直ちに具体的な対応策が示せるものでもない。」とは言うものの、何も示さないというのも無責任な遠吠えに終わってしまうのだろうから、別に目新しいことではなく、『鄙からの発信』が提言してきたことではあるが、改めて再掲しておくものである。
1.地理情報システムの整備・・・・REA-MAPの充実
REA-MAPは取引情報版をREA-NETに公開したものの、業界の注目を引くことはなく埋もれている。 地理情報の整備充実は今も喫緊の課題であると、茫猿は考えているが、斯界の一部を除いて、さほどに関心が高いようには見えない。  Rea Map 3rd 公開

2.鑑定評価レビュー制度の創設
鑑定評価のプレゼンスを強化し、社会的信頼度を高める為には、レビューを充実することが安上がりな近道だと考える。 しかし、実際に稼働させるためのハードルは高いし、稼働後においても痛みを伴うものであることから、斯界の賛同を得るのは難しかろう。   Rea Review 制度創設提案

3.個々の能力向上策
デジタル・スキルやウエブ・スキル、統計解析能力、GISスキル などという類のスキルは個々の自助努力に負うものである。 そこには集合研修などの座学が有効となることは少なかろう、だから迂遠に見えようともレビュー制度の充実などにより、社会的淘汰が働かなければならない。 グレシャムの法則が蔓延しないためにも自律機能が働く制度が必要であろう。
何にしても、付加価値を伴わない素材情報を換金対象とするような行為は間違いであり、速やかに止めるべきであろうし、コンテンツを売るのではなく時間を売るようなビジネスに転換するべきであろう。 市場が透明性を増してゆこうとする時に、取引事例に関して閉鎖性を墨守し、事例閲覧収入で士協会財政を維持しようとする姿勢は時代に逆行するものであると気付くべきなのである。

こういう話がある。 刹那的拝金主義などではなく、もっと継続性があり、信頼性を勝ち得るものはなになのか。 その示す方向は、「いい仕事をすること」であり、「いい働き方をすること」であろう。 そして、収入を得るために提供するものは「情報や時間」ではなく、自分の「能力」であると考える。 すべからく、ドラステイックな発想の転換が求められているのである。

4.最も大事なことはなにか
実現の可能性も高くて、最も大事だと考えられることがある。 それは「新不動産情報システムの傍観者ではなく参加者になること」である。 今となっては難しいことかもしれないが、取引価格情報提供制度では重要な位置を占めている不動産鑑定士である。 その不動産鑑定士が新不動産情報システムにおいても枢要な位置を占めることができないだろうか。 不動産の専門職業家としての自負を持つ不動産鑑定士であればこそ、そのような地位を得る為の能力も矜持も有していると考えるのである。

傍観者に止まっていては、取引情報を与えられるだけの存在になり下がりかねないことであろう。 失うものもあるかもしれないが、捨ててしまうべきものと得なければならないものを峻別すること、あるいは優先順位を冷徹に区分することを考えなければ、透明化を目指す不動産市場における傍観者あるいは小さな脇役に過ぎない存在となるであろう。

 

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