ほほえみの春・3

急逝した叔父が鄙里に呼び寄せてくれました、孫との短い「ほほえみの春」は終わりを告げました。 僅かな時間ですが、爺とふたりきりでドライブができるまで慣れてくれた孫は、保育施設への入所日が近いこともあり、土日の混雑を避けて本日の昼過ぎに、父の待っている東京へ帰りました。

岐阜へ来たからには名物の味噌カツを食べて帰りたいという嫁の希望をいれて、岐阜市高砂町の「ふくべ」さんにて、爺婆嫁孫が味噌カツをいただきました。 なにもかも初体験の孫は味噌カツもさほどの抵抗無く受け入れてくれました。 食後はときおり舞う強風と桜散らしの雨のなか、新幹線岐阜羽島駅へと向かうのです。 駅では入場券を求めてホームにあがり、家人は既に何度も経験していた「新幹線ホーム」での、孫見送りを初体験しました。 春休みの終わりも近いことから、見送りをする何組みかの爺婆に混じって、窓越しに孫に手を振って別れるという経験をしました。

今までは、春休みや夏休みの終わり頃に、ホームで孫たちとおぼしき子供を見送る年配者を見かけるたびに、「ああ、帰省の見送りなのだな。」と、微笑ましく見ていたものです。 いざおのれが体験する側になりますと、羽島駅での新幹線ひかり号の停車時間の長さも《ひかりの追い越し待避時間》、苦にならないどころか短く感じたくらいでした。 一時間に一本の「ひかり」を待つ間さえも短く思え、停車時間の長さには有り難さを思いました。 《つくづく、立場変われば思いも変わるということです。》

今夜からは、微笑ましく楽しかった束の間の喧噪が終わり、閑かな鄙里の日々が戻ってきます。会うたびに成長してゆく孫の変わりようが嬉しく楽しくあり、次の帰省時には何を用意しておいてあげようか、プールだろうかブランコだろうかと、今から思案している茫猿なのです。140404sinkansen140404rin

 

 

 

 

 

 

 

 

鄙里に戻れば雨は上がりましたが、花散らしの強い風に枝は揺さぶられています。
それでも、鄙桜は梢まで開花しました。 この春も足早に過ぎてゆきます。
写真は04.05早朝撮影、朝陽に匂う鄙桜です。 鄙桜《ヤマザクラ》の左は大島桜です。140405hinazakura

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このところ、いつからだろうか、『鄙からの発信』の更新が間遠になった頃からだろうから、このサイトを茫猿残日録と改称した前後だろうから、昨年の秋口頃からだろう、何やら生きる目標がおぼろにになっていた。 愁訴とまではゆかないにしても、日々なにを務めてゆくのかが曖昧になっていた。 生きているのが厭になったというほどではない。 今や鄙里を管理し守ってゆくのが務めであるとは判っていても、この鄙里を息子達の故郷として、時にシェルターとして守ってゆかなければならないと判っていても、何やら疲れていたのかもしれない。

それは、彼らがそのことに《私が鄙里を守っていることに》、それほどの価値を認めてくれているのか確信が持てなかったからなのかもしれない。 でも、此の春の数日を孫と過ごしていて、孫が嬉々として庭を歩き回るさまを眺めていて、この子が年に一度でも二度でも訪れてきて遊び回るためにも、この鄙里を守ってゆかなければならないと、確かに明らかに思えたのである。

他にも叔父の葬儀前後に、何人かの縁者が訪ねてきてくれた。 私の父、祖父、曾祖父、さらにさかのぼる先祖に連なる彼らにとって、この鄙里は確かなルーツの一つであり、今や私自身が我が一統の長老となったことを自覚するにつけても、この鄙里はそのルーツを示す確かな縁跡なのだと自覚させられました。 だから、細々ではあっても、生きている限りは日々管理を怠らずに守ってゆかねばならないと思わされました。 その自覚は結構重いものですが、それよりも楽しく嬉しいことなのだと気付かされたのです。 その機会を与えてくれた叔父に感謝し、気付かせてくれた孫に感謝しています。 決して、誰かのために為すことではなくて、私自身の生きてゆく糧として為してゆくことなのだと思わされています。

《ふくべ について》
岐阜の食生活は赤味噌文化です。 味噌汁は赤味噌、田楽も赤味噌、おでんも赤味噌です。昼過ぎには帰京してゆく孫親子のために、芽吹き始めた山椒の芽を摘んで赤味噌たれを作り、冷蔵庫にあった豆腐と蒟蒻を茹でて山椒味噌をかけた一品を朝食の食卓に並べました。
昼食は味噌カツをいただきに「ふくべ」さんを訪ねました。

この地方ではトンカツにソースも使いますが、赤味噌たれをかけていただくのが一般的でして、これを「味噌カツ」と言い習わしています。 串カツも味噌タレが主流ですし、煮込みうどんも赤味噌煮込みうどんが主流です。 高校を卒業以来、岐阜を離れた息子達が帰省するたびに訪れるのが「ふくべ」さんです。 長男が結婚相手を連れて帰省した時も、岐阜の赤味噌文化を紹介するために「ふくべ」さんを訪ねました。

「ふくべ」さんは、岐阜駅の北東方、名鉄岐阜駅の南東方、東海道線と名鉄線が交差するガードの北東角にあります。 路地というほどではありませんが、一方通行の小道に面する細長い小さなお店です。ご夫婦で経営されており、定休日は木曜日、駐車場は三台です。 JR及び名鉄駅から徒歩五分~八分くらいの距離です。

メニューは味噌カツ《ロース》と味噌ヒレカツ、おでん、海老フライなどです。 もちろん、赤味噌を好まれない方のためにトンカツソースメニューも用意されています。 十人も座れば満席のお店ですが、良質の豚肉と上品で控えめな客あしらいがとても好ましい雰囲気のお店です。 肉も上質ですが、赤味噌たれ《ソース》の味がとても柔らかです。 辛くなく甘過ぎず、味噌の自己主張も控えめで、特に味噌カツ初心者にはお勧めです。

 

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