但馬紀行-Ⅰ

先月末のことになりますが、兵庫県の香住、浜坂そして湯村温泉を訪ねてきました。
松葉蟹、皿蕎麦、夢千代、餘部鉄橋などを巡る旅でしたが、旅の目的はそれらではありません。 近年は病と闘っている友人たちが小康を得たことから、一同に会して互いの無事を確かめ合おうというのが本来の目的であり、松葉蟹などはその余録に過ぎません。

03.28京都駅にて友人二人と再会して浜坂へ向かうというのが当初の予定でしたが、脳梗塞との戦いが一段落したN村君はあいにくなことに奥様の具合が悪くて不参加となり、M田君と茫猿ふたりがN谷君の待つ浜坂へと出発したのです。 N村君の奥様は半年余に及ぶ彼の闘病生活を支えた看病疲れが出たようで、残念なことですが奥様の不具合とあればやむを得ないことです。 N村君は数年前に肺ガンを病み、その病状が一段落したところで脳梗塞を発症したというわけで、長年の心労も奥様の疲れを増すことになったようです。

ふたりは国道九号線を但馬地方へ向かうのですが、車中でM田君が問わず語りに話すことによれば、昨年末から正月にかけてひどい腰痛を患って、立ち居や排泄に難渋したと言うのです。初めて聞く彼の腰痛ですが、なんの障りもなく七十を迎えたことだと思っていましたから、彼も持病をかかえていることに驚くとともに、今やお互いに、いつなんどき何が起きても不思議ではない年齢を迎えているのだと思わされました。

さて、二人は昼食を何処で摂ろうかと相談するのですが、夕食に松葉蟹が待っていることでもあり軽く済まそうと、豊岡市出石町にて出石皿蕎麦に決めたのです。 ネットの検索結果やカーナビのお勧めにしたがって「そば庄」を訪ねました。 さすが西国のそば処出石です。出されたメニューには皿蕎麦以外は記されていません。 麺好きの二人ですから、皿蕎麦を注文すると同時に追加の皿を六枚オーダーして、運ばれてくるのを待ちます。140428salasoba

麺ツユは関西風の薄味、薬味にはオロシワサビ、刻み葱、やま芋、生卵が添えられていますので、好みで加え、一人当たり八枚の皿蕎麦をたちまちのうちに腹中に納めました。 一枚の皿には一箸あるいは二箸分の蕎麦が盛りつけてあります。 なぜ、小皿で出すようになったのか、その由来は判りませんが、笊盛りやセイロ盛りに比べれば、ややゆっくりと食しますから腹納めは確かな感じがします。 おいしく頂いた蕎麦の皿を積み上げてみました。140328salasoba-a出石には小さな城下町に40軒を超える蕎麦屋さんが店を構えているといいますから、機会があれば食べ歩きもしてみたいものです。 出石の蕎麦を賞味した二人は、餘部に向かいます。

旧の餘部鉄橋は、1912年に建設された東洋随一の鋼トレッスル橋でしたが、1986年の列車転落事故を契機に、2010年に現在のコンクリート餘部橋に懸け替えられました。 現在は旧餘部鉄橋の一部が観光展望施設として残してあります。 餘部鉄橋「空の駅」展望施設は2013年5月にオープンしています。140328amarube-c同行したM田君がポーズをとっています。140328amarube地上40m、空の駅展望台から餘部の日本海を眺める彼の後ろ姿は、肩をまるめてもの思いにふけっているようです。 お互いに、まだまだ若いと思っていますが、思わぬ処に加齢が現れているのだと、「ひとの振り見て、我が振りを見直す」、そんな戒めを感じたことです。140328amarube-b茫猿は2009年に餘部を訪れていますが、その折は旧鉄橋は稼働しており、現高架鉄道橋は工事中でした。当然のことながら「空の駅」などは未整備であり、当時と様変わりして観光施設や観光客が増えて明るくなった餘部を楽しませてもらいました。
久しぶりに、『鄙からの発信』定番の蓋です。 この蓋は香住町の蓋です。140328kasumi-futa

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