書中にてお見舞い

ただいまの時刻、午前四時。
室内温度は32度、昨日午後の西陽の余熱がまだ室内に漂っている。大暑の季節に恥じない暑さです。扉を開け窓を開け放って、しばらくすると、外の冷気が流れ込んできています。

長いこと更新をサボっていました。サボるにはサボるだけの理由があり、「此の歳になって!」と思わされる世迷いごとが頭から離れない七月でした。

加えて、家人の主導で庭の植え込みを大きく刈り込まされる羽目となり、数十本のサツキとヒラドを仕立て直していました。玉仕立てを株立ち仕立てに直していました。猛暑のなかで、株の根元に屈み込んで、剪定鋏と鋸を使っていました。腰は痛いし握力はなくなるしという数日に及ぶ重労働は昨日で一段落。

庭の植え込みは「サッパリ」を通り越して、「スカスカ」状態。茂っていたマキとヒバは根元からバッサリ。見通しも良くなり、庭の様相は一変しました。

毎日の仕事納めに、井戸水シャワーを浴びて行水を楽しんでいますが、握力が無いから、キーボードを打つ気がしない日々が続きました。そのあいだは放置していた畑の草は伸び放題となり、今日からは草刈りが待っています。

過日、見るともなく見ていた、国会閉会中審議での一コマ。ホルムズ海峡における「機雷掃海派兵」について、安倍総理は「ホルムズ海峡の閉鎖は、原油輸入に重大な支障をきたすものであり、日本経済に多大の影響を与える。 日本国民の安全に深刻な影響をもたらす。」と言う。

此の話はデジャブである。オイルショックを思い出したのではない。「油の一滴は血の一滴」という標語を思い出したのである。

中近東から日本に至るオイル輸入のシーレーンは地球を半周する長さであり、そのシーレーンの安全が脅かされる事態は「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という筋立てである。「油の一滴は血の一滴」という理屈を立てれば、総てが許されるということになる。むし暑くて背筋が寒い話である。

外が白々としてきた、鄙桜ではアブラゼミやニイニイゼミがうるさく鳴き始めた。今日も多治見では38度を超えるのだろうか。

icloudで連日届く「孫の水遊び姿」に癒されています。
夏には岐阜へ伺いますという嫁の「甘いことば」は実現するだろうか?プールや水遊び遊具を用意して待っていますが、待ちぼうけもありだろうから、待たずに待つことにしています。亡き両親が孫がやって来るのを、待つとはなしに待っていたのを思い出します。

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