阿修羅像

NHK-BSで、ハイビジョン特集「阿修羅 天平の謎を追う」を再放送していたので、録画して二度も三度も見ている。通しで繰り返し見ているというわけではなく、気になる部分を繰り返し、繰り返し見ているのである。

初めて阿修羅像に出会ったのは2009年5月のことであった。機会があって立ち寄った東京国立博物館で開催されていた阿修羅像展覧会にての出会いだった。 《鄙からの発信:阿修羅》 その後、2011年12月も押し詰まったころに奈良・興福寺を訪れて再会した。

何度見ても見飽きることのない、というよりも見るたびに新しい出会いが得られる日本の至宝の一つである。映像を見ているうちに奈良を訪れたくなった。奈良を訪れるなら、先ずは桜の頃であろう。 《青丹(あおに)よし 奈良の都は咲く花の 薫(にお)うがごとく いま盛りなり》なのである。 次は紅葉の季節であろうし、その次は新緑の頃であろうが、いずれも観光客や修学旅行客が多くて、宿代は高いし、各地も混雑しているであろう。 であれば、オフシーズンの今月中か十二月であろうと思うのである。

奈良を訪れるなら興福寺だけでなく、久しぶりに東大寺や春日大社も訪ねたいし、法隆寺、中宮寺、唐招提寺も薬師寺も訪ねたい。飛鳥の里も巡ってみたい。九月中では日射しもきつかろうから野辺歩きには向かないかもしれないが寒いときよりはましであろうと思えば、やはり今月中に奈良を訪ねたいと思うのである。

そう思い立って、家人を口説いているところである。その程度の小旅行などなんともなかった現役時代には暇がなく、暇ができた隠居の身には先立つものが乏しいことから、家人を口説いているのである。家人の承諾が得られなければ我が身一つで行くことも考えないわけではないが、後々のことを思えば家人を奈良に案内して奈良町を歩き「わらび餅」をともに食するに如かずと考えているのである。

なじみの深い京都でなく、なぜ奈良が好きなのかをふと考えている。京都だって社寺仏閣の数は奈良にひけをとらない観光地であるが、京都は都会である。大都会に近いと言ってもよい都会である。 だから社寺と仏閣をつなぐ道が都会の街筋なのであり、時にはビルの谷間に仏閣が鎮座することも多い。なによりも京都と奈良は歴史の古さが異なる。 飛鳥時代にさかのぼれば西暦650年前後の古代であり、京都遷都の西暦794年にさかのぼる百数十年以前の古代史の町なのである。 そうはいっても人口三十数万の都市であるから中心街区はビル化しているが、建築物の高さ制限が機能しており高層ビルはほとんど存在しない。

それに奈良公園や若草山が市街地中心に存在しているし、斑鳩や飛鳥へ向かえば、ビルなどはなく在来の民家や農地のあいだに社寺仏閣は点在しているのである。 野辺道を歩いて社寺を巡るという得難い経験のできる町なのである。 そこで、秋冬物野菜の植え付けや種蒔きを終えたなら、奈良へ向かい、興福寺・阿修羅像中宮寺・弥勒菩薩半跏思惟像法隆寺・百済観音像に再会したいものと願っているのである。

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阿修羅像 への1件のフィードバック

  1. 福田勝法 のコメント:

    夏を越され、少し、お元気になられたご様子、安心しました。「茫猿・残日録」のアップが少ないと、隠れファンとしましては、大変寂しいものです。阿修羅像に再再会され、初秋の奈良、飛鳥の里の紀行文楽しみにしております。時々は、辛口の茫猿遠吠もお忘れなきようにお願いします。

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