年賀状・我が佳き友よ

目覚めたら《朝5:00》、窓の外がほの明るい。窓を開ければ年末《12.18》以来の雪景色である。元旦に配達された賀状を整理しながら、年賀状の交歓も悪くないなと考えさせられた。

宛名は住所録アプリからの印刷、文面は定型文句の羅列の賀状は虚礼以外の何ものでもなく、無味乾燥なJP売り上げ寄与に他ならないと考えていた。《茫猿の賀状も同様である。言い訳に過ぎないが、せめて文面だけでもオンリーワンをと心がけているけれど。》

現役の頃に比べれば、随分と小さくなった賀状の束のなかに、懐かしい名前を見つける。 定型文句が印刷されている賀状だけれど、一行の近況を報せる走り書きが書いてあった。 「妻とふたり、穏やかな日々です。」、「名古屋に来ることがあったら、飯でも食いたいな。」、「週末は野菜作りに精出している。」、「機会をつくって飲みたい。」等々である。なかには「晴耕雨読、カントリージェントルマン 私の目標です。」なんていうのもある。

両親の介護を言い訳にして、事務所を自宅に移し、間もなく業務の一線からは隠退して既に五年、出不精が習いとなり、人に会うことも少なくというより稀になった。今や懐かしく感じる名前が多いのである。 なかには、学生時代や、卒業後しばらく過ごしたサラリーマン時代、鑑定士受験勉強時代以来、会ったこともない名前もある。

昨年のWinXPのサービス停止騒動を機会として、パソコンをWinマシンからMacに替えたから、住所録ファイルもWinからMacへ転換せざるを得ず、テキストデータを出入力した際に、幾つかの名前が失われたというか整理した。一昨年のお身内の不幸で喪中葉書が届いた方で整理組に入ってしまった名前もある。

そんなお名前の数々を整理・入力しながら、書き加えられている添え書きを読み返すと、半世紀前の懐かしい顔が浮かんでくる。浮かんでくる顔は笑顔ばかりである。同時にチョイ悪気取りの高校時代の、バイトに明け暮れた大学時代の、前途に悩んでいたサラリーマン時代の、人生で一番勉強した鑑定士受験時代の、数々のほろ苦く、だけど甘い思い出が甦ってくる。

賀状も好いもんだと思うのである。老境になればこそ思わされるのであろうが、悩みながら壁にぶち当たりながらモガイテいた、今にして思えば我が佳き青春時代であり、我が佳き友たちなのである。頭のなかで、森田公一ムッシュかまやつの唄が流れている。「青春時代の真ん中は 胸にトゲさすことばかり」 「便りしたため探してみたけど 暑中見舞いが返ってきたのは秋だった」 そういえば、下宿屋なんて、もう死語だもんなアー。

無沙汰を詫びて返信する賀状の宛名は、悪筆をものともせずに手書きする。同時に、一行二行の添え書きを、彼らの顔を思い浮かべながら付け加えるのである。賀状も良いものだと改めて思いながら、今年の暮れにはせめて一行でも書き加える賀状を用意したいものだと、いいや、用意すべきだと思っている。

便利な住所録アプリは使えば良いのである。でも、何か一言を書き加えるくらいの、努力というほどのこともない手遊びをしなければと思っている。《暮れまで、忘れていなければの話だけれど》 もちろんのことだが、Mailだって、Twitterだって、FaceBook だって大いに使えば良いのである。デジタルにはデジタルの良さがあり、アナログにはアナログのすてきな温かさもあるのだから、使いこなしてゆこう。

《追記》 松がとれたら、暮れには不漁で高くて手が届かなかった寒ブリを、止揚学園へ届けよう。 それから我が佳き友を訪ね、カラオケで「青春時代」と「我が佳き友」を唄い明かそう。

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