菫をみつけて

数日前の暖かさは何処へやら、寒さが戻ってきている。北国では季節外れの積雪だという。 風は冷たいが、なにやら無性に身体を動かしていたく、早朝から畑に出ていた。

昨夕にNの妻君から電話があった。一昨日の見舞の礼を伝える電話だった。

「日ごろは気丈に振る舞っている主人ですが、今朝は『昨日、森島に会ったら泣いてしまった。』と申しておりました。 今はホスピスの病床が空くのを待っています。」

返す言葉が何も見つからなかった。 「奥さん、自分の身体に気をつけて下さい。また近いうちに会いに行きます。お大事に。」とだけ述べて、電話を切るしか無かった。

病室で過ごす彼の日々を思うと、たまらなく辛くなる。昼間はうとうとしていると揺すって起こされるそうである。夕食後が長い夜だなと言えば、「一服盛られるから、よく眠れる。」と言っていたのを思い出す。

Nとの拙い会話を振り返り、Nの妻女の話を反芻しながら、ひたすら草を抜き、土をいじり、石組みを直して時間をやり過ごした。

十九の春に彼と知り合ってから半世紀が過ぎた。一つ年上の穏やかな男だった。高校時代から家業の手伝いをしていたから、世慣れたところもあるし、家業用の車も彼専用に持っていた。 幾つかの折り目節目にずいぶんと助けられたと思い出す。彼との付き合いが無かったら、私の人生は色褪せたものになっていただろう。

その彼が、旅支度を始めた。彼の旅支度にどう付き合おうか、どう向き合おうかと考えている。雑木林の草むらに菫をみつけた。 春先の冷たい風に似合う花です。DSC08547

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