現行憲法の正統性?

日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないか』《矢部宏治著:集英社インターナショナル刊》について、8.29付け記事で話題にした。話題にした以上はiNetでの拾い読みに終わらず、全文を読んだ上で考えるべきだろうと思った。折しも、安保法案が参議院で強行採決されるかもしれない時が近いし、国会前ではSEALDs呼びかけの市民デモが連日行われている。

代価1,200円、全285頁を、眼が痛くなったのも構わず一気に読み切った。読後感はこうである。読後感《部分的には書評?》というものは、整理し順序立てて書くべきだろうと思っている。しかし、以下を読んでいただければ判るであろうが、整理できないのである。整理の仕様が無いのである。だから順不同正誤不詳のままに書き連ねる。

須くは、先号記事に既述のとおり、「信じるか信じないか、理解できるかできないか、腑に落ちるか落ちないかということは、とにかく一度読んでから考えてみよう。何よりも出処が確かな原典に当たり、自らの頭で考えることが大切であろうと考える。」なのである。

PART1 沖縄の謎ー基地と憲法及びPART2 福島の謎ー日本はなぜ、原発を止められないのか、までは比較的素直に読めた。それでも先号記事に既述のとおり、出処が確かな原典に当たり、自らの頭で考えることが大切であろうと考えるのである。《PART1と2は既述のとおりiNetで立ち読みができる。

書籍を購入して、冒頭部分の再読から始めて、PART3 安保村の謎①ー昭和天皇と日本国憲法、PART4 安保村の謎②ー国連憲章と第二次大戦後の世界、PART5 最後の謎ー自発的隷従とその歴史的起源 を読み切ったのである。

書いてあることの多くは、断片的に知っていた。薄々は知っていたが、同書に記してあるがごとく明解には承知していなかったと云うことである。明解にと記したが明らかとか明々白々という意味ではない。著者が断言するが如き、断定的には承知していなかったと云う意味である。

著者は様々な原点や引用書籍について博覧強記である。統治行為論についてはフランスの法理論にまでふれている。理路は整然としている、一読して矛盾点は認められなかった。でも疑念や疑問は残るのである。

一、歴史は勝者が作るものであり、敗者が語る歴史は残されることが少ない。洋の東西を問わず、敗者の歴史や敗者の論述は残されないか、残されても改ざんされるのが常である。また歴史は勝者でありかつ時の権力者側が残すものであり、被統治者が語る庶民目線の歴史は残されないか、残されても僅かであるか歪曲されることが多い。鎌倉幕府は平家の歴史を抹消したし、徳川幕府は豊臣政権の歴史を改ざんした。抹消、改ざんが言い過ぎであると云うのであれば、時の統治者にとって都合の悪い歴史は残そうとしなかった。

二、終戦時に多くの軍政行政資料が焼却処分されたのは公然の事実である。だから戦時中から終戦時における多くの事がらが今では解明不能なことが多い。傍証資料から推定するしかないことも多いのである。従軍慰安婦問題も《軍や当時の朝鮮を統治する末端行政の関与問題》、戦没者の死亡原因も《戦死か病死か餓死かの分別不能問題》今となっては確かな証拠資料が得られないので、推定するしかなく、それゆえに資料の解釈を巡って議論が錯綜する。

三、著者は、終戦時から米軍占領時に至る経過について、多くの資料を用いて論建てを行っている。日本側資料だけでなく米国や英国などの公開資料も引用している。一読してとても明解であり首尾一貫しているし、論旨に明らかな矛盾は認められない。しかしながら、引用資料の多くは《ほとんど全ては》文書である。米国公文書館公開資料は英文文書である。

戦後七十年を経過した今では、日本側文書及び英米側文書について、その記述者あるいは記載される証言者の大半は亡くなっている。これは公知のことであるが、回顧録などと云うものの多くは、自らに都合のよいことを書き自らを美化しがちである。自らを不利にすること或は自らを貶めることも敢えて記述すると云う例は少ない。 著者が引用する資料に歪曲や美化や改ざんが無いとは言い切れない。公文書だからと云う主張も鵜呑みにはできないので、公文書の婉曲な誘導表現は常に目にするところなのである。英文については、著者もしくは関係者の翻訳であり誤訳や意訳の存在も軽視できない。

四、特に占領軍総司令官マッカーサー元帥や昭和天皇の語ったという側近などの記録は鵜呑みにできない。側近が天皇や元帥を敬えば敬うほど、美化・婉曲という巧まざる改ざんが埋め込まれるものであろう。 まして当時は敗戦後の混乱期であり、占領統治時代であり、朝鮮戦争が勃発し東西冷戦の緊張が高まった時代である。占領軍を明からさまに批判する文書が公然と残されているとは考え難い。昭和天皇の発言にしても、戦争責任を追及されかねない不安が拭いきれない時代であるから、記録した側近者に、昭和天皇及び天皇制護持に務めようとする姿勢が背景にあったことだろう。

五、では茫猿が、iNetで矢部宏治を検索すると上位に表示される「矢部宏治のトンデモ本の正体は『改憲ノススメ』」などの主張に組みするのかと云えば、そうではない。著者が引用する資料をはじめ多くの傍証も含めて、今こそ客観的かつ純粋に学術的な検証が始められなければならないと考えるのである。
山本太郎参議院議員が参議院で行った「原爆投下や大都市の空襲は無差別の非戦闘員殺戮であり、これは米軍による戦争犯罪ではないのか?」という問い糺しに、正面から向き合わなければならないと考えるのである。

戦後七十年を経て関係者の多くが亡くなってしまった今だからこそ、歴史の事実事象となった事がらと客観的に冷静に向き合える時が来ている。《とはいえ、関係者の一部は存命であるし、平成天皇をはじめとして関係者の近親者の多くが健在であるが。》

六、統治行為論と云うマヤカシがある。1959年の最高裁砂川判決に代表される論旨である。統治行為論、裁量行為論、第三者行為論のいずれも大同小異であり、「安保条約のような我が国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度な政治性を有する問題については、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」という論旨である。

結果的に、憲法よりも安保条約や原子力協力協定を上位に位置づけると云う考え方である。別の表現をすれば、憲法に抵触する条約や協定であっても国家の安全保障に重大な影響有りと認められれば統治行為、あるいは政治の裁量行為として許容されると云う考え方につながるのである。

そして、一旦、条約や協定が締結されれば、それに伴う国内法や行政行為が積み重ねられ、それらについての違憲判断は棚上げされてしまうということである。しかも一旦締結された条約や協定と云うものは、相手国が存在することから軽々に改定や破棄ができず、締結時為政者のみならず後継者も拘束するのである。

立憲主義とは憲法が三権の上位に位置するということであり、為政者の統治行為を統制するという考え方である。決して国民を規制するものではない。立憲主義に基づけば、如何なる事情が背景にあろうとも、憲法に違反する条約も協定も無効なのである。そもそも、そのような条約協定を締結しようとする行為自体が違憲行為なのである。違憲条約や協定を締結しようとするのであれば、先に憲法改正が順序と云うものであり法秩序と云うものであろう。憲法は最高法規であり国家統治の基本法である。その意味からは、統治行為論なるものは速やかに棄却されなければならない。

憲法は、国民のために、国民の権利・自由を国家権力から守るためにあるのです。

七、1946年11月3日公布制定の日本国憲法はその前文に、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」と記述する。

しかし、その制定は、大日本帝国憲法73条の憲法改正手続に従い、第90回帝国議会の審議を経て、11月3日に日本国憲法として公布されたものである。言うまでもなく、当時は米軍占領下にあった敗戦国日本である。 ざくっと言ってしまえば、占領統治下における敗戦国日本が旧憲法の改正手続きにより改定した現行憲法なのである。制定時に国民代表者会議も設けられていないし、国民投票も実施されていない、出自に曖昧さと疑念が残る憲法なのである。

この時の帝国議会は1946.4.10実施の第22回衆議院議員総選挙、(GHQ解散による男女普通選挙制度による総選挙)で構成されている。 しかしGHQによる公職追放者が多くいたし、当選しても公職追放された議員もいた。なによりも、当選した第一党の自由党総裁鳩山一郎が当選後間もなく公職追放処分を受けて、吉田茂が総裁に就任し且つ総理に選任されているという混乱期である。

八、日本は敗戦処理に当たり、国体護持《天皇制護持》を第一命題とし、それを実現したことが現在の混迷にもつながっている。ドイツはナチスと訣別し、分割統治されたこともあるが戦前と戦後に国家の連続的同一性はない。日本は憲法を変え天皇制の態様を変えたが、国家は連続している。行政機構は連続し法制度の一部は《形式上をいえば、多くは》今も連続している。民法は明治29年より連続し、刑法は明治40年から連続する法典なのである。戦時統制下の法令が今も生きている例すらある。

《改憲派の論旨について》
GHQによる押しつけ憲法は、日本国民の総意により改正されなければならない。しかしながら、2012年に自民党が公表する憲法改正案はあまりにもお粗末である。一つ一つを述べないが、あまりにも復古主義に満ちている。実際の改正手続きに入れば、落とし処は別と云う背景もあるのかもしれないが、あまりにも為にする改正案であろう。

《護憲派の論旨について》
占領下の憲法であっても、良いものは良いのである。憲法改正は九条の改正につながり、容認できない。誰がどのように関わろうと良いものは良いという論旨は、一見して肯定できそうに思える。しかしながら、原則に照らしてみれば敗戦国日本は占領軍統治を脱し独立を回復した後に、あらためて自主憲法を制定するのが順序であろう。そのことは即ち、憲法九条二項に規定する戦力放棄と現存する自衛隊との矛盾を解消することになる。護憲&戦力放棄派と護憲&専守防衛自衛隊容認派とのあいだに存在する矛盾とも云える不整合を解消することにつながるのである。

《茫猿の論旨》
国民の主権を制限し、《公共の秩序とか、公益とか、安全保障とかを理由として》人権を制約し明治欽定憲法へ復古しようとする改憲派にはとても組みできない。戦後七十年間、営々と積み重ねられ国民のなかに安定した地位を得ている自衛隊と云う自己完結型武力組織を、専守防衛を使命とする武力組織として好ましく望ましい方向で憲法に位置づけることが、多くの国民に受け入れられるものであり、改憲派の多くにとっても受け入れが可能であろうと考える。現行憲法は九条二項の改正を発議し、国民投票を経ることにより、その正統性を回復するであろうと考える。

《第九条改正案》
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。《戦争放棄:改定せず:個別自衛権は否定しない》
2 陸海空軍その他の戦力は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、国土と領海の専守防衛を任務とし、必要に応じ、自然災害から国民を守る任務に当たるものとする。 《専守防衛任務と災害復旧任務》

《専守防衛とは》
専守防衛とは武力攻撃を仕掛けられたら撃退するということであり、先制攻撃は含まないものである。国土領海内の防衛では有事の際に国民が犠牲になるから、侵攻を未然に防ぐ防衛的先制攻撃が必要と云う考え方が存在するが、この考え方は一つ間違うと拡大解釈や不必要な侵略行為につながりかねない。何よりも相手国などの武力行為を未然に防止する外交努力が第一義なのである。現代戦争の多くを占める弾道ミサイル攻撃への対処法については論争が存在するが、それでも発射させない外交努力が重要なのであり、「弱者の勇気」こそが求められるのであろう。

 

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