映像の世紀:第一次大戦

家人が言うところでは、幼い時からテレビに親しむことが少なかった息子は、テレビは持っているけれどBS視聴契約はしていないと云う。妻はテレビを見ることが少なかったと云うけれど、私の記憶では茶の間のテレビは、息子たちがいつもテレビゲームで占領していて、私は自室のテレビを見るしかなかったと憶えている。若者のテレビ離れがいわれて久しいが、幼少期にテレビゲームに漬かっていた体験も影響しているのであろう。

さて、映像の世紀である。1995年に放送された映像の世紀が、BS放送で9月5日から再放送されている。BS契約をしていない息子から依頼されて、同放送を録画しDVDダビングをしながら、20年前には観た記憶が無い「映像の世紀」を私も観たのである。

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《NHKサイトより引用》
1995年に放送し、大きな反響を呼んだNHKスペシャル「映像の世紀」。NHKでは、放送から20年がたった「映像の世紀」を、最新のデジタルリマスタリング技術によって、画質・音質も新たにハイビジョン版としてよみがえらせました。10月から放送予定のNHKスペシャル「新 映像の世紀」を前に、「映像の世紀」のデジタルリマスター版・全11回をBS1で下記の通りに一挙放送いたします。

20世紀は人類が初めて歴史を「動く映像」として見ることができた最初の世紀です。映像は20世紀をいかに記録してきたのか。世界中に保存されている映像記録を発掘、収集、そして再構成した画期的なドキュメンタリーのシリーズ。活字とはひと味違った映像ならではの迫力と臨場感あふれる映像で20世紀の人類社会を鮮やかに浮き彫りにします。

【放送予定】
9月 5日(土)午後1時~2時14分 第1集 20世紀の幕開け
9月 6日(日)午後1時~2時14分 第2集 大量殺戮の完成
9月12日(土)午後2時~3時14分 第3集 それはマンハッタンから始まった
9月12日(土)午後3時20分~4時34分 第4集 ヒトラーの野望
9月20日(日)午後2時~3時14分 第5集 世界は地獄を見た
9月20日(日)午後3時20分~4時34分 第6集 独立の旗の下に
9月23日(水)午後2時~3時14分 第7集 勝者の世界分割
9月23日(水)午後3時20分~4時34分 第8集 恐怖の中の平和
9月26日(土)午後2時~3時14分 第9集 ベトナムの衝撃・アメリカ社会が揺らぎ始めた
9月27日(日)午後2時~3時14分 第10集 民族の悲劇果てしなく
9月27日(日)午後3時20分~4時34分 第11集 JAPAN 世界が見た明治・大正・昭和

【第1集】 20世紀の幕開け
9月 5日(土)午後1時~2時14分
第1集では王朝国家が終えんを迎える19世紀末から第一次世界大戦までを紹介。1900年のパリ万博をはじめライト兄弟による飛行機の発明や大英帝国・ヴィクトリア女王の葬儀、ロシア革命で処刑されるニコライ二世一家、第一次世界大戦の導火線となったオーストリア帝国皇太子暗殺事件当日の映像等々、激動の20世紀の幕開けをビビッドに描く。ルノアールやモネ、文豪トルストイも「時代の証言者」として登場する。

【第2集】 大量殺戮の完成
9月 6日(日)午後1時~2時14分
動く映像で記録された史上初めての戦争、第一次世界大戦。フィルムには、農業用トラクターを改良した1号戦車、最初の空爆、毒ガス兵器など大量殺りく兵器の誕生と、なすすべもなく死んだ兵士の姿が記録されている。また、若き日のマッカーサーやチャーチル、ルーズベルト、チャップリンなど、のちに世界を大きく動かすことになる人物たちも登場。第一次大戦ぼっ発からロシア革命、アメリカ参戦、そして終戦までを追う。

残念なことに、息子のFB書き込みに気づくのが遅れたから、第一集は見逃し、第二集から録画して見始めたのである。鮮明な画面を一覧して、とても新鮮な驚きを味わっている。HDからDVDへダビングして息子に送るだけでなく、私自身のためにもダビング保存しようと考えている。以下は放送を見ての茫猿の感想である。

第一次世界大戦は、1914年(大正3年)から1918年(大正7年)にかけて戦われた人類史上初の世界大戦である。1914年6月、オーストリア=ハンガリー帝国の皇位継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻が銃撃されるというサラエボ事件を契機に始まった戦争は、ヨーロッパを主戦場としながら、世界に広がっていった。日本も独植民地:中国青島への出兵に始まり、シベリア出兵などに参戦している。

第一次大戦まで兵士は、皮の兜を身に付け旧式小銃を持たされていた。主な戦術は騎兵と歩兵による突撃攻撃であった。戦場は長篠の戦いやナポレオン戦争の延長線上にあったと言ってもよかろう。1914年夏にドイツ帝国とオーストリア・ハンガリー帝国による、セルビア国とロシア帝国への宣戦布告により戦争は始まった。 最初、クリスマスには終わるであろうと予想された戦争だったが、しかし、ビッカース社製やホチキス社製の機関銃が戦場に投入されることにより、戦場は硬直化し長期化していった。

西部戦線《独仏国境》も東部戦線《独露国境》も騎兵突撃戦から塹壕持久戦へと形を変えていったのである。参戦国では徴兵が始まり、各国植民地からの兵士募集も盛んに行われた。フランスはインドシナやセネガルから、イギリスはカナダやインドから兵士を募った。中国では多くの中国人が武器弾薬輸送要員として、高給で募集された。《今、政府自民党がいうところの後方支援要員である。》

歴史上始めての総力戦が開始されたのである。女性の戦争参加もこの時が始まりである。女性の一部は兵士として、多くは戦場に行った男性の後を埋めるかたちで、兵器工場や車両運転士など、銃後の戦いに参加する様々な社会進出を行っていった。 チェッペリン飛行船による空襲がはじまり、キャバレー・ムーランルージュが炎上したという。空襲開始はパリーの子供の疎開をさせた。

塹壕戦は突撃戦から持久消耗戦へと移り、攻撃時間を合わせる為に兵士への時計支給が始まり、独仏国境700kmに構築された西部戦線塹壕では地下道が掘られ、兵士は雨と泥との戦いを余儀なくされたという。クリスマスには終わる目論見の戦いは、冬服支給なしに、雪と氷と戦い、水虫と凍傷に苦しめられる塹壕戦へと変わっていった。

この時にアラビアのロレンスが独側参戦国オスマントルコ帝国において、アラビア人反乱を画策、活躍したのである。インドではガンジーが志願兵募集に活躍し、アメリカではチャップリンが英国から米国ハリウッドに渡り、戦時公債《LIBERTY BOND》募集や戦意高揚映画に活躍している。米国ではヨーロッパへ輸出する缶詰製造がはじまり、《戦火の英仏へ輸出する》娯楽映画が多く製作された。

日本では中国権益の拡大を目指してドイツに宣戦布告し、青島へ出兵し地中海へまで軍艦を派遣した。国内では繊維や鉄鋼をはじめとする軍需景気に沸き、糸成金や鉄成金が登場したと云う。

戦争の長期化は大量殺戮兵器の開発を促して、毒ガスが開発され実戦使用された。農場にに登場しはじめていた農業用トラクターを転用して、鉄条網と塹壕を突破する兵器として戦車が開発されたのもこの時である。米フォード車や英ロールスロイス社、独ベンツ社が戦車や装甲車、大型トラックの製造を始めた。大砲は大型化し、1トン砲弾が製造された。

三年を経過した戦争は参戦各国を疲弊させたが、なかでも困窮し飢えに苦しむロシア民衆は蜂起してロシア革命をひき起す。1917年2月、不満をつのらせた兵士と民衆はロマノフ王朝を崩壊させるのである《二月革命》。次いで、レーニンが率いる左翼党派ボリシェヴィキは社会主義革命を起こし、東部戦線から離脱する《十月革命》。

1917年4月6日にアメリカはドイツへ宣戦布告し参戦した。民主主義のためという大義を掲げての参戦であったが、内実は英仏へ与えた戦時借款の回収不能化を恐れてのこととも言われている。

こうして、若き日のチャップリン、チャーチル、マッカーサー、ヒトラーを登場させた戦争は、ロシア・ロマノフ王朝、ドイツ・プロイセン王朝やオーストリア・ハンガリー:ハプスブルグ王朝、トルコ・オスマン王朝を崩壊させ、九百万人の戦死者、二千万人の負傷者を生んで1918年11月に停戦した。

当然のことながら、歴史教科書などであらまし知っていた第一次大戦であるが、改めて映像で確認すると、多くのことを教えられる。総力戦と云うもの、大量殺戮兵器というもの、化学兵器《毒ガス》や消耗戦の悲惨さ、などというものの凄まじさを知らされるが、映像にはどこかに牧歌的な雰囲気も僅かに残している。

しかしながら、人類はその後さらに兵器を進化させて、戦闘機・爆撃機、航空母艦、V2号ミサイル、ついには原爆を登場させた第二次大戦を経て、第一次大戦後百年、第二次大戦後七十年の現在である。イラクやシリアや中央アフリカの惨状をいうまでもなく、現代の戦争が何をもたらすかは自明のことである。牧歌的などと云う空気は微塵もない。 この「映像の世紀」再放送中には、参議院で安保法案の強行採決が行われようとしている。時を合わせて自民党総裁選挙《事実上の次期総理選出》も実施が予定されている。野田聖子岐阜県選出衆議院議員の総裁選出馬も噂されている。 安保法案と現代の戦争を考える上で、「映像の世紀」は是非とも見ておきたい一連の放送である。

 

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