制度インフラ・地価公示

茫猿のかつての後輩達は今ごろ地価公示業務に忙殺されている頃であろう。年々締め付けが厳しいとか、様々な誘導や示唆に右顧左眄させられると云う話も間遠に聞こえてくる地価公示業務である。

2015年地価調査が公表されて暫くの頃に、FaceBookにこんな投稿が掲載されていた。

愛知県地価調査価格(27・7・1時点)の名駅前の中村(県)5ー9は年間地価上昇率が45.7%、リニア駅が予定されている駅西の椿町の中村(県)5-4は同じく36.0%を示している。 国土利用計画法12条や27条では地価が急激な上昇又はおそれが認められる場合には土地取引の規制区域指定や注視区域、監視区域指定の規定があるが、指定されていない。 36%や45.7%の上昇では急激でも相当程度の上昇でもないとの判断であろうか?

制度発足以来、約半世紀を経るあいだに様々な制度目標を背負わされてきた結果、今や自縄自縛とも、背負わされている重荷に耐えきれなくなっているとも思われる地価公示である。不動産取引の指標、公共事業用地取得の指標、地価抑制の指標、課税水準適正化の指標、今やアベノミクスの成果誇示指標まで背負わされている地価公示である。

名古屋駅周辺に限らず、東京都心も大阪駅周辺も公示価格は地価の実態から遊離しつつあると聞き及ぶ。 地価公示業務の現場では市場の実態に忠実であるべきか、課税指標に忠実であるべきかの悩みが深いとも聞く。公的土地評価に関わるスムージング問題が今一度問い直されなければならないのであろうが、言うは易すく行うは難しと云うことであろう。 それにつけても、不動産価格指数・商業地の試行が行われているはずですが、どのような試算結果が公表されるのか、それとも公表できないのか興味深いものがある。

地価公示は制度インフラであると国交省から声高に言われたのは、民主党政権による事業レビューの対象として地価公示が取り上げられた時以来と記憶する。

地価公示による価格の指標(公示価格)が法律により制度的に必要とされる分野は、一般の不動産鑑定評価のほか、公共事業用地の取得、地方公共団体等による遊休土地の買取、国土利用計画法の運用(土地取引規制等)、課税評価(相続税評価・固定資産税評価)となっており、これらについては、制度創設以降の社会情勢の変化に応じて何度か拡大してきたものである。主な分野は表のとおりであり、「地価公示」、「公示価格」等を引用している法令を網羅的にまとめると以下の参考資料のとおりである。
地価公示のあり方に関する検討会 
地価公示のあり方に関する検討会 報 告 書
制度インフラとしての地価公示の役割

オマージュとシンパシーを感じる地価公示業務であるが、今や方向性の異なる幾つかの重荷を降ろしてやりたい地価公示でもある。公示価格は制度インフラなのであり、時々の政策目標に殉じるものだと割り切れば、それだけのことであろうが。

地価公示価格の根源的な目標とは何を伝えたいか《為政者がどのような地価情報を伝えたいか》ではなくて、国民並びに市場はどのような地価情報が求められているかであろう。そして、それらの地価情報は一律ではなくて客体によって異なるものであろう。そのことに対して的確な配慮が為されている制度インフラであるか否かが問われているのであろう。 1969年・地価公示法制定時における政府国会答弁による処の「概念としては同じと云う建前論」として今に生きている虚しさを思うのである。

【各法律でいろいろな用語を使っているが、たとえば憲法二十九条にいう「正当な補償」、あるいは収用法七十一条にいう「相当な価格」、あるいは、三十七年に政府は公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱というのを閣議決定しているが、この第七条にいう「正常な取引価格」、また、国税、地方税にそれぞれ規定する「時価」あるいは「適正な時価」、「不動産価額」、これは、いずれも概念としては同じものである。】

制度インフラとして位置づける地価公示が、方向性の異なる政策目標の総てに機能しようとすれば、そこには自ずと生じてくる矛盾が派生する由縁なのであろう。

取引指標としての更地価格などは今や不要であろう。市民の関心は都心部はマンション価格であり、郊外地は戸建て住宅価格であろう。 商業地だって更地取引より土地建物取引が主流になっているし、東京都心部では海外資本によるマンションや商業ビルの爆買いまでもが噂されている。

公共事業用地取得価格の指標にしても、インフラ整備は終わりメンテナンスの時代に入っている。もうすぐ半世紀の歴史を有する公示価格は、更地価格の公示ではなく不動産公示価格へと順次移行してゆくべき時期に来ているのではとも考えられるが、建物価格の公示などが容易ではないことは明らかである。

であるとすれば、公示価格の目標は課税指標に絞り込んだら如何なものであろうか。取引指標としては当事者がリスクを含めた投資水準を判断すれば済むことである。公共事業用地の取得指標としては、受認の範疇としての公益性に伴うアローアンスを事業の性格と事業遂行エリアの状況を加味して判断すればよかろう。課税特例や買い替え特例も加味した上でのことであるが。

固定資産税や相続税指標《路線価》についての指標としては安定性を求められる。課税指標は市場の上昇を即座に反映させずに三年くらいの推移動向を見極めたうえで課税指標に反映させれば課税の安定性も図れるであろう。《以下、次号記事に続く》

《追記》
地価公示のあれこれなどは、もうどうでも良いこととも思っている。鑑定評価の現場から退いて既に五年あまりが過ぎた身である。それでも何かを言おうとするのは身に付いた性《サガ》なのかもしれない。語るべきことを然るべき時に語るなどと云うほどの思い上がりはないけれど、言わぬは腹ふくれることでもあるし、疾しき沈黙でもあろうと考えている。 師走に入ってはや三日、信州上田に在住する旧友から届けられた林檎は蜜を多く含んで甘く美味いし、屋敷林の楓は彩り鮮やかになってきた。20151203kouyoh

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