制度インフラ・地価公示-ⅱ

茫猿は前号記事にて「概念としては同じと云う建前論」と述べた。「概念としては同じ」という論は、1969年・地価公示法制定時における政府国会答弁に現れるものである。 即ち『憲法29条にいう「正当な補償」、あるいは土地収用法71条にいう「相当な価格」、あるいは損失補償基準要綱7条にいう「正常な取引価格」、また、国税、地方税にそれぞれ規定する「時価」あるいは「適正な時価」、「不動産価額」、これは、いずれも概念としては同じものである。』を指している。《制度インフラとしての地価公示の役割》

では、なぜこれが建前論であると茫猿は云うのであるか、少しばかり付け加えておきたい。

《課税上の指標としての役割》
先ず最初に現今の地価公示価格が担っている大きな役割は、課税上の指標としての位置付けである。土地基本法(1989年12月22日法律第84号)により税制上の措置並びに公的土地評価の適正化が規定されている。
第15条  国及び地方公共団体は、土地についての基本理念にのっとり、土地に関する施策を踏まえ、税負担の公平の確保を図りつつ、土地に関し、適正な税制上の措置を講ずるものとする。
第16条  国は、適正な地価の形成及び課税の適正化に資するため、土地の正常な価格を公示するとともに、公的土地評価について相互の均衡と適正化が図られるように努めるものとする。

土地基本法の制定に伴い、1992度税制改正において、政府は土地の相続税評価の評価割合を地価公示価格水準の8割程度に引き上げる等の適正化を行った。 固定資産税土地評価についても、地価公示法(1969年法律第49号)による地価公示価格及び不動産鑑定士等による鑑定評価から求められた価格等を活用することとし、これらの価格の7割を目途として評定するものとするとされた。

つまり、課税上の指標とする土地評価として、相続税においては地価公示価格の8割を目途とし、固定資産税においては地価公示価格の7割を目途としているのである。ここに貫かれている思想は課税評価の安定性、安全性、そして衡平性なのである。 相続税は同じ課税評価額が一年を通じて適用されるものであり、固定資産税は課税標準額が三年間据え置かれるのである。《地価の下落に伴う価格修正は毎年次毎に行われる。》

以上、課税上における地価公示価格の指標としての位置付けは、一年間あるいは三年間の安定性、安全性、衡平性を旨とするものなのである。急激な変化、特に急激な上昇について即座に対応することを求めてはいないのであり、急激な変化は課税上の安定性や安全性、さらには衡平性をも損ないかねないと考えている節も垣間見えるのである。

《土地取引指標としての役割》
地価公示法は不動産鑑定評価 における地価公示価格の規準を定めることにより、不動産取引の指標とする役割を与え、一般の取引市場参加者にも指標とする努力義務を課すことにより、適正な地価の形成に寄与することを目的としている。

しかしながら、市場の参加者は様々であり多岐にわたるものである。終の棲家を求める一般市民もあれば、投資利回りに期待する投資家もいれば売買差益に期待する投資家も存在する。 安全かつ衡平な価格による終の棲家を求める一般市民に対しては、課税評価額の70%あるいは80%割戻価額を指標とする取引を示唆すればよいのであり、不動産取引市場に活動する投資家については自己責任取引を促せば事足りるのである。

地価公示価格と云うものは、急激な変化を伴い易い市場における価格変動をいたずらに追随することは止めるべき時に到っているといえるのであろう。《昨今の都心地域地価上昇は2020年までのあだ花という説も結構多い。》

《地価抑制指標としての役割》
地価バブルが破綻して既に四半世紀が経過し長い地価下落時代を経た今は、”土地の投機的取引及び地価の高騰が国民生活に及ぼす弊害を除去し云々”という、国土利用計画法に規定する地価抑制等指標としての役割は既に終えている。今後も同法に規定するような地価抑制措置が必要と認められる時には、課税上の指標を基礎として然るべき抑制措置を図れば事足りることであろうと考える。《アベノミクス成果を言挙げしたい政府に、地価抑制の意図は影すらも見えない。》

《公共事業施行に伴う正当な補償指標としての役割》
この件に関しても既に歴史的役割を終えていると考える。列島改造論に代表される高度成長期は終焉して久しいのであり、今や国土インフラの整備拡充時代からメンテナンス重視時代に移っているのである。公共事業用地の取得に伴う「憲法に保証する正当な補償」は、課税《指標》標準額を基礎として税制上の優遇処置等や、課税評価とは逆のアローアンス《正当な許容範囲》を保全する措置などを用意すればよいのであろう。大規模災害復旧事業などについては、特別立法措置を講ずればよかろうと考える。

《期待される新しい地価公示価格の役割》
今や地価公示法制定当時における、「正常価格」、「正当な補償」、「相当な価格」、「正常な取引価格」、「適正な時価」は概念として同じもので有ると云う建前論を捨て去るべき時なのであろう。以上に述べたように、それぞれの価格は広義の概念は同じであろうが、それぞれが目指す方向は相当に異なるものである。

先ずそれぞれの価格が妥当あるいは適正と認められる時間概念が異なっている。投資市場は刻一刻変化の過程にあるだろうし、課税標準は一年あるいは三年、時にはさらに長い期間の安全性や衡平性を目指すものであろう。終の棲家を求める市民にとっては時価の比重は低いものであり「棺の蓋を覆ってはじめて定まる」とすら云えるものであろう。《庶民にとって住処というものは持ち家が全てではなかろう。持ち家指向は人生における選択肢を狭めることとも云える。》

地価公示価格なるものは、安定性、安全性、衡平性を旨とし、比準価格《取引市場動向》と収益価格《賃貸市場動向》との均衡を保った水準のうえに価格形成が為されるべきものであろう。短期的な市場動向にいたずらに踊らされないという保守的な性格を堅持すべきものではなかろうか。

そしてリアルタイム的な不動産取引市場動向というものは、取引事例資料を母集団とする不動産価格指数に委ねることにより、地価公示価格の市場における役割や位置を明確にすべき時に至っていると考えるのである。

そのことはすなわち、REITなどに代表される不動産鑑定評価 においては、地価公示価格を規準とする”正常価格”と、直近の市場動向を反映する投資目的指標としての”特定価格”を明示して投資家の指標とすればよいと考えるのである。REIT市場における市場参加者は両者の差額に注目することにより自らの投資性向を判断すればよいのである。

別な表現をすれば、広義の不動産市場に登場する客体は様々であり、その指向する方向性も様々なのである。一つの価格をもってしてそれら様々な要求に応えることは至難と云うよりも不可能であり、結果として地価公示価格に何の意味も持たなくさせてしまう恐れすらある。

であればこそ、地価公示価格の根源的な目標とは何を伝えたいか《為政者がどのような地価情報を伝えたいか》ではなくて、国民並びに市場はどのような地価情報を求めているかであろう。そして、それら求められる地価情報が一様ではなくて客体によって異なるものであるとすれば、そのことに対して的確な配慮が為されている制度インフラであるか否かが、今こそ問われていると考える。

不動産鑑定士たるものは、時々の毀誉褒貶に右顧左眄することなく、歴史とまでは云わずとも時の評価に耐えうる不動産鑑定評価 を行うもので有りたいと願うのである。

《追記》とまあ、ここまで記してきて、ふと考え浮かんだ。こんなことは言わずもがなだ。 斯界内外では誰もが百も承知であり、承知の上で触れないこと、触れたくないことなのではと思い至る。建前を建前として奉っておくことにこそ意味が有り、建前を崩してしまえば地価公示の融通無碍な灯りが消え、無明の闇が残るだけなのではと思うのである。そう思いながらも、記事を抹消せずに残しておくことも未だ蒼い残日録なるが故である。

【閑話休題】今日は晴れたり曇ったり、時にみぞれまじりの風が吹きつのる天候である。伊吹山は雪模様とみえ雲間に山容は隠れている。北風のなかに水仙が一輪咲いていた。20151204suisen

束の間の晴れ間に紅葉する楓のグラデユエーションを眺める。ここしばらくのあいだは晩秋の日ざしに紅葉が照り映える、我が屋敷林のいちばん美しい時季である。顧みてみれば、現役を退くまでは鄙里の紅葉などさして気にも留めなかった。日昇る頃に家を出、月が中空に差し掛かってから帰宅する日々であれば、無理からぬことである。「鄙からの発信」にも鄙里の紅葉のことなど記事にもしていない。身近な季節の移ろいに眼が停まるようになり、己独りだけの紅葉を愛でることができるなどと考えてもいなかった。20151204hikari

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