GISと不動産鑑定評価

久しぶりにGISや統計解析について記事にしたところ、幾ばくかの反応が得られたのである。反応は得られたものの、現下の不動産鑑定評価業界で進められている取り組みをもって良しとする傾向も認められる。そこで、標題のもとで多少の考察を試みるのである。

斯界は直ちに業益や業拡につながることばかりを、視野においていないだろうかと考えるのである。見えることや見え易いことばかりを見ること無く、裾野を大きく広げることが鑑定評価のプレゼンス向上と云う高みに向かう王道であろうと考えるのである。

「晩節は汚してもよい。どうせなら大鬼で生きろ。世間の目などは気にしない。穏やかに丸くかたまった年寄りになどならなくていいのだ。」と、93歳になられた瀬戸内寂聴師は述べられている。今や退隠の身に過ぎない茫猿とても、世間の目など気にせずに歯に衣着せず思うところを述べてみる。

1990年頃から考えていたことであり、部分的には斯界活動に反映してきたことでもある。 それらが明確な形になってきたのは1997年頃と記憶する、”茫猿が考える不動産鑑定評価の課題”は三項目である。 一つは有機的ネットワークの構築、一つは不動産センサスの実現、いま一つは地理情報の活用である。それらの三項のアジェンダは社会・経済環境の変化により、いずれもそれなりには実現しつつあるが、未だ道遠しと考えるのである。

一、ネットワークについて
日鑑連《日本不動産鑑定士協会連合会》のHPは五十周年を機に大きくリニューアルされ、FaceBookの利用も行われている。その意味では隔世の感であるが、イントラネットの利用という面を見れば、中央下達的な利用が中心であり、下意上達あるいは会員個々の横断的利用はいっこうに進んでいないように見受けられる。 ネットワークの有機的な利用については、いまや退隠の身である者としてはこれ以上は触れないけれど、事例調査における写真利用とそのオンライン集積、あるいはネットに溢れる不動産情報の集積などについてはまだまだ拡充すべき余地が大きいと考えている。

二、不動産センサスについて
不動産センサスとは、不動産取引について網羅的な調査及び集計を意味するものである。斯界の少なからぬ人たちや関連学界では、早期の実現が待望されていながら、未だ実現の契機さえも見えない。

2006年に国交省が不動産の取引価格情報提供制度を創設するに際してA案、B案、C案の三案を検討したことは、今や忘れられている。 国交省は様々な事情からB案を採用して現在に至っているが、当時の鑑定協会執行部はパブリックコメント募集に際して、A案が望ましいと意見具申しているのである。

A案:個別物件の取引情報《所在地、取引時点、数量、価格等》をWeb提供する。 B案:物件の詳しい情報をはずしてWeb提供する。《現況の提供スタイル》 C案:価格帯毎の件数情報提供。

不動産センサスの実現を言えば、国交省が実施する不動産の取引価格情報提供制度が存在するではないかと云われるが、これはセンサスとは似て非なる存在であることに留意しておかねばならない。センサスとはA案悉皆調査なのである。

取引価格情報提供制度の根幹は、国交省が施行する不動産取引価格情報調査に由来するものである。同調査はごく小規模地取引などを除く取引全数を調査対象としている。しかしながら、取引当事者《買主》を対象とする任意のアンケート調査であることから、その回収率は低い。

正確な直近データの持ち合わせは無いけれど、おおむね30%前後の回収率に止まっているものと思われる。30%のアンケート回収率といっても平均値であり、その多くは住宅地に関わるものであり、なかでもマンション事例が多くを占めている。 商業地に関わる都市部の法人からの回収率は著しく低くなる。以前に東京都中央区で調べてみたところ、銀座や日本橋などの商業地アンケート回収率は数%程度だった。

不動産取引価格情報調査から得られる取引価格情報はアンケート回答者の善意に支えられており、経験値的に云えばマンションや住宅団地などに回収結果が偏在し、商業地や法人取引当事者からの回答率は低くなるという傾向は否めないのである。

取引データの偏在と云う傾向を改善する為には、REINSデータをはじめSUUMOat homeなどの在来民間データの活用に道を開くことが急務なのである。直ちに取引結果の開示提供へ進むことは困難であろうが”売り物件情報”の集積であれば、障壁は低かろうと考えられる。

先に取引価格情報調査の回収率は低く、偏在する傾向が否定できないと記したが、アンケート発信データすなわち原始取引データ《取引登記情報データ》はセンサスを実現しているのである。この原始取引データとアンケート回収結果並びに民間売り物件データをマッチングすることに意味があり、得られるものは大きいと考えるのである。しかるに斯界では取引価格情報調査の原始データを一般鑑定士が利用することは、今だ陽の目を見ていないのである。

三、GIS利用と不動産鑑定評価
標題に「GISと不動産鑑定評価 」と掲げながら、アジェンダ一と二について触れてきたのは、不動産に関わるGIS《地理情報》利用を云う時に大半を占めるのは「取引事例地の地理情報」という事象である。不動産鑑定評価 におけるGIS利用を云わんとすれば、ネットワークは避けて通れない事柄である。 同時にGIS利用するデータの種類や特性についても避けて通れない事柄である。なによりも茫猿は、”ネットワーク”、”不動産センサス”、”GIS”の三項を三位一体のものとして以前から考えてきた。

現今の鑑定評価におけるGIS利用は公的評価なかでも固定資産税評価や地価公示評価に限られているようである。一部の法人鑑定事務所などでは先端的な取り組みが行われているようであるが、本記事で云うところは日鑑連という組織的利用あるいは斯界全体としての利用を指している。その意味では斯界全体で裾野を拡げると云う視点からのものである。

先号記事でも述べたことであるが、現在進められているP-MAP利用は、評価結果や評価過程のビジュアル化を目的とするものである。評価情報のビジュアル化は評価関連会議の進行を効率化し円滑化するものであり、依頼者である公的機関への説明をより的確に行えるものである。 その意味においては意義深いものであり、さらに進化させることが期待される。

しかしながら、GIS利用による鑑定評価工程のビジュアル化は、GIS利用の一側面にしか過ぎないのである。鑑定評価に地図が欠かせないように、不動産の画地条件を除く多くの属性《価格形成要因》は、所在地をはじめとして総て緯度経度情報を有しているのである。都市計画用途地域、小学校学区図、急傾斜地崩壊危険区域図などの領域図等の多くもポリゴンデータ《ベクターデータ》としての公開が急速に進みつつある。

すなわち、間口・奥行、画地形状、接面街路条件などを除く大半の価格形成要因はGISを利用すれば即座にかつ統一的に正確に取得することが可能なのである。現在行われている取引事例等の価格制要因の取得は調査担当者の練度に負うところが大きく、少なからぬ誤差の発生は避けられないと同時に調査対象要因も限定的かつ全国統一である。

価格形成要因が不動産の属する地域に応じて変化するのは自明のことであるが、それに対応する準備は為されていない。最寄り駅や最寄り商業施設あるいは学校などについても複数であったり、圏域を拡げたり狭めたりする必要もあるだろう。それらに対応して価格形成要因のアイテムを入れ替えたりする試行作業はGISを利用することにより即座に可能なのである。この件については、日鑑連が2011年にβ版を公開したREA-MAPの機能更新版であるMAP-Clientにて実現していたことである。

こうして得た不動産の価格形成要因を統計解析手法《多変量解析やヘドニックアプローチ等》を駆使して数値・数量化比準表を作成し鑑定評価の一つの手法とすべきであろうと考えるのである。不動産鑑定士の知識と経験に期待することは当然であるが、そこにGISアプローチを加えて、より精緻にかつ説明責任にこたえることも求められていると考えるのである。

即ち、統計解析結果を基礎として数値比準表を作成し、前掲のGISデータとリンクすることにより、取引価格 ➡️ GISによる属性情報取得 ➡️ 統計解析 ➡️ 数値比準表 ➡️ 試算価格 ➡️ GISによるビジュアル表示、という一連の評価工程が実現する。

このように述べる時に決まって返ってくる言葉がある。それらデジタル試算工程は算定評価であり不動産鑑定評価 ではないという意見である。以上の意味するところは、ネットに溢れている自動化価格査定などを意味するものでは断じてないのである。半自動ですらない。

先ず、統計解析作業には基礎とする取引価格情報データの分析整理が必須なのである。異常値データの除外は機械的に行えば事足りると云うものではなく、当該取引発生の背景を見通す専門家の視点が欠かせないと考えるのである。

また価格形勢要因の組替え作業、作成した数値比準表の論理的矛盾の検証等は鑑定評価固有の作業である。GISを利用した不動産鑑定評価が自動作業とかマニュアル作業にはならないという由縁である。

不動産鑑定評価 にGISを導入する件に関しては、個々の鑑定士の自助努力に委ねるという意見も存在するけれど、個々の鑑定士にそれを期待すると云うのは酷と云うものであろう。ネットワーク充実もセンサスの実現も日鑑連の組織として追求すべきテーマであろうし、その延長線上にあるGIS利用も組織のテーマであろう。

冒頭に少しふれた事例地等の写真を活用する件についても触れておきたい。事例地に限らず総ての不動産の現地実査は鑑定評価に不可欠な作業工程である。現地に赴き写真を撮っているのに、どうしてその写真を私的に退蔵しているのかと云うのである。今やカメラ機能がコンパクトカメラと同等以上に進化したスマートホーンとネットワークにおけるクラウドシステムを活用すれば、取引事例地や毎年の地価公示や地価調査等公的評価対象地の経年写真をファイル化することは簡単である。しかもこの写真ファイルデータは緯度経度情報も自動的に取得しているのである。

情報の共有化とか共同利用という観点からすれば、写真の利用は至極当然のことと考えるのである。また昨今話題の中古住宅についても調査時点における写真は有効かつ有力な資料となるであろう。事例調査時点や標準地点検時点における写真を共同利活用しようとしないのはなぜなのか不思議なことである。

複合不動産取引事例において配分法を利用することの問題点は多く指摘されているが、写真を利用すればその幾つかは改善されるであると考えるのである。鑑定評価にGISを利用すると云うことは、鑑定評価をさらに精緻にし科学的にするものと考えるが、反面、いたずらな複雑化や錯綜を招いてはならないのである。効率化して生じた余力を用いて不動産鑑定評価が本来求められている鑑定士の経験と知識に裏打ちされた、的確な「意見表明」を社会に問うことが可能かつ求められていると考えるのである。

中古住宅市場拡充が叫ばれている今日であれば、とりあえずはマンション評価に写真並びにGIS利用の統計解析手法を導入してみたらと考えるのであるが、如何なものであろうか。以上の手法による”マンション比準価格”とJAREA HASの併用も検討されて然るべきと考えるのである。

先号記事 北海道会と姉妹盟約十周年  鑑定評価のパラダイム転換 
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