サツキ色模様

今日も名実ともに五月晴れである。やや乾いた風が樹間を吹き抜けてゆけば、風薫るを実感する。晴れた日が続けば畑は乾いてくるから水撒きに追われ、雨が待ち遠しくなる。標題のサツキ四色とは、今を盛りと咲き誇るサツキ《皐月、五月》の色模様を写し撮ろうというのである。

まずは定番の朱色。 20160603red

続いて、白である。もうすぐに咲くクチナシのように純白ではない。ピンク色が刷毛ではいたように僅かに混じっている。一見して純白に見える花でも、何処かにかすかながらピンクが混じっている。20160603shilo

そのピンク。20160603pink

そしてやや紫がかった赤。20160603mulasaki

花木によっては一色ではなく、枝毎に異なる二色の花を咲かせ、それらが一体となって葉の緑と合わせて一つのグラデーションを作っている。《2016.05.28撮影》20160528satsuki

それぞれの花色が咲き、そして夜露を浴びる毎に少しずつ色褪せてゆくのも一興であり、毎朝花殻を摘みながら色の移ろいを楽しんでいる。

花の色は移りにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに (小野小町) という訳である。

畑の周りの草刈りをしていて、ヒルガオを見つけた。一見  可憐に見えるけれど、毎年刈られても刈られても、翌年の今ごろには花を咲かせる強い花でもある。刈り払わずに、しばらくは咲かせておくこととする。ヒルガオの花のあいだに庭石菖が小さく見える。20160603hirugao

こちらは母が残したサボテン。枯らすこと無く、今年も花を咲かせた。20160603shabo

《2016.06.04  03:08  追記》何の脈絡もなくふと思う。
過ぐる年に変わらず咲く花を愛で、亡き人の遺した花を慈しむ。佳きかな佳きかなである。 始めてひと月も経たないのに鉢の数が十になった皐月盆栽、昨日も雑木林の池の畔で木陰に埋もれていた株を掘り出して養生させている。根元の瘤や根回りからすれば、三十年以上も前に母屋を改築した時、邪魔になった株を移植したものだと思われる。根元は立派だが、株立ちはお粗末な木ではあるが、数年も肥育すれば結構な鉢になるだろうと期待している。

日本人男性の平均余命は八〇年という。そして日常生活に制限の無い健康余命は七〇年という。疲れ易くなったし、物忘れも多くなった、酒も多くは飲めなくなった。昨年は難なく出来たことが今年はいささか辛い。でも、日常生活には特に制限はない、平穏無事に日々を暮らしている。佳き哉、楽しき哉なのである。

数日のうちにはふたりめの孫が生まれてくると云う。報せが届くのを今か今かと待っているのである。 撮りためた鄙里に遊ぶ孫の写真から、フォトブックを作ったら、気に入ってくれて毎日眺めていると云う動画がicloud経由で届いた。そこで越南紀行の時のものと正月に鄙里にやって来た時のもの、二冊のphotbookを作って送ったら喜んでくれたようだ。新しき命のbookも作ろうと思っている。佳き哉、楽しき哉である。もう少し長らえていたいと思うのは、こういうことなのだと思わされている。

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