理想と現実

日本国憲法は現実に合わない。だから改正すべきであると云う議論が多く聞かれるが、本当にそうであろうか。太平洋戦争に破れ幾多の戦争犠牲者を出し、広島・長崎と二度にわたる原爆を経験した日本は、70年前に現行憲法を制定した。《1946/11/3公布、1947/5/3施行》

憲法改正論者《自由民主党:改正案》は憲法前文も九条も十三条も理想論だと言い、現実にそぐわないから改正すべきだと云う。

(前文)「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」することなどできない。原水爆と長距離ミサイルを保有する隣国の信義など信頼できないと云う。
(九条)他国の侵略から自国民を守るためには軍隊が必要だと云う。
(十三条)幸福追求の権利は公益及び公の秩序に反しない限りにおいて、尊重されると云う。また自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならないと云う。《自民党改正案12条》

自民党改正案には、象徴天皇を元首と明記することをはじめ、他にも幾つかの疑問点や違和感がある。総じて、政治権力は憲法の制約下におかれるという立憲主義から、国民の義務や公益及び公の秩序維持に重点が移されている。その意味からは統治者が国民を制約する憲法へと替えようとする意図が見える。

憲法がなぜ七十年間も改正されなかったかと云えば、憲法が理想論をうたっているからである。理想に近づく努力は為されてきたものの、未だ理想に到達していないからである。九条について云えば、憲法の成立間もない時期に朝鮮戦争が勃発して、国民の安全を維持する観点から必要最小限度の自衛力保持が求められたが故の解釈改憲なのである。だから、専守防衛を旨とし集団的自衛権は認めないと云う歯止めがかけられ、それが長い年月の論争を経て定着してきたのである。いわば、理想論と現実論のはざまにおける最小限度の妥協《譲り合い》と云ってもよいであろう。

だから、これ以上の拡大解釈改憲や九条廃案は、戦争の惨禍を経験し、多くの他国民に大きな被害を与えた日本が、その篤実な反省のもとで七十年間追い求めてきた理想を抛棄することになる。理想と現実のはざまで呻吟することは、個人であれ組織であれ常に起こり得ることである。その時に理想を捨てて現実に妥協すれば、それは野合であり理想に向かって進むことを捨て去ることである。だから理想と云う松明《たいまつ》を捨ててはならないのである。

世界に軍隊をもたない国は少ない。その大半はミニ国家である。人口が一億人を超え、世界第三位の経済力を有する日本が「戦争を放棄し、軍隊を保持しない」と憲法に定めることが世界平和に寄与する意義と効果は大きいのである。国際社会において、名誉ある地位を占めたいと願う由縁でもある。

《留意しておかねばならないことに、専守防衛を旨とする自衛隊の規模や装備や作戦遂行能力は、既に世界有数のものとなっていることである。国内から観ていては気付かなくても、海外とくに周辺国から観ればその軍事力は強大なものに見えるであろう。米国、ロシア、中国に続く世界第四位にランクするミリタリーリポートすらある。既にトップ十にランクされていることは確かであろう。》

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

《日本国憲法  前文》
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 

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