リアルとバーチャルを考えながら

五月蝿いほどに鳴いていたアブラゼミも、さすがに盆過ぎともなれば閑かなものである。代わってツクツク法師やヒグラシが午前中から聞こえてくる。昼中の暑熱は衰えを見せていないけれど、風は涼やかだし夕暮れともなれば秋来るを思わせる空模様である。

標題はリアルとバーチャルとしたが、より具体的に言えば本を購入するに書店へ行くかネット通販を利用するかと云うことであり、一般的な買い物でもスーパーやデパートで直接に購入するかアマゾンで通販購入するかと云うことである。

《リアル書店とネット書店》
両者の差異はあらためて云うまでもない。特に目当ての本を探すということもなく本棚を渉猟していて購買欲をそそられる本に出会うことも有れば、ネットの書評記事や作者名から検索して目当ての本を購入することもある。時には”五輪”や”SMAP”などという単語検索から出会う書籍もある。書店で背表紙から気になる一冊を手にとり、パラパラとページをめくった後に購入を決める楽しみはリアルならではの楽しみである。

といって、ネット購入が無味乾燥というわけでもない。お目当ての書籍を探すついでに関連するテーマの書籍や同じ作者の本に気を惹かれることも少なくないのである。身近に大型書店が存在しない鄙の在住者にとって、書籍のネット購入は今や無くてはならないものになっている。田舎暮らしでなくとも目的に適う書籍を探すのにインターネットはとても便利かつ素早い。ただし、手に取って確かめることは叶わない。

乳児や幼児を抱える女性には育児用品の購入が結構な仕事である。人混みを大きな荷物を抱え幼児の手を引きベビーカーを押して進むのはたいへんなことだから、ミルクや離乳食にオムツなどをネット通販で購入して、宅配されてくるのを待つ方を選択すると云うのもよく理解できる。ましてや暑い時や寒い時であればなおさらである。

過疎地に居住する者、あるいは老人や育児に追われる母親だけでなくとも、忙しく日々を過ごす都会人にとっても今やネット通販は欠かせないものとなっていよう。本稿ではネット通販とリアル購買を比較しようと云うのではない。ウインドーショッピングには捨て難い魅力が存在するし、購入して翌日に、ものによっては即日宅配されるネット通販の便利さを今さらに語る必要もなかろう。

《ブラウザーがもたらしたもの》
茫猿が述べたいのは、ネット通販に欠かせない「ブラウザー」に潜む問題についてである。ブラウジング《browsing》とは、1980年発行の辞書によれば、草食動物が草を食べるという意味から転じて、本などの拾い読みや、漫然と商品を眺めるという意味が記されている。それがネット時代には閲覧の意味に使われ、転じてウェブブラウザーになったのである。

リアルの販売店ではレジ記録やPOSシステムなどにより、販売記録や消費者動向などを知ることが出来る。しかし購入者がどのような商品を検討した結果《手に取った結果》として購入に至ったか、あるいはどのような商品に視線を走らせたかなどということは知り得ないのである。店員がおおよその傾向をつかむことはできるが、四六時中店内を見張っていることはできないし、購入者あるいは店を訪れた客の内心を知ることは出来ないのである。

しかし、ネット通販ではそれらのこと《閲覧傾向と結果》がブラウザーによって即座に記録され保存されてゆくのである。初期のネットスケープやエキスプローラーの時代にはこれらの閲覧記録が今のように保存されることはなかったが、今や総ての閲覧は記録されているのである。

その結果として閲覧記録からは、購入結果だけでなく閲覧者の閲覧傾向が把握されるようになった。それは直ちにブラウザーに反映され、購入商品の関連商品や閲覧傾向から把握される関連商品が広告として提示されるようになった。ことは書籍や食品などの物的商品だけでなく、旅行やレジャーなどにも及んでいる。ハワイツアーを検索した閲覧者にはリゾートホテルやオプショナルツアーの広告が提示され、ネットでホテルを予約すれば周辺観光施設案内やレンタカーの広告などが提示されるのは、すでにお馴染みのことである。

ことはそれだけでは終わらないのであり、今や情報検索の世界にも及んでいる。情報の検索傾向からブラウザーは”広告”記事《記事に似せた広告》を提示したり、時には検索結果に忍ばせたりしている。《検索結果を恣意的に変えると云うのではなく、検索結果を表示する行に巧みに記事広告を混在させるようになっている。》 FaceBookなどでは右列の広告記事以外に、コメント欄に紛れ込ませているし、時には誰かがシェアすることにより堂々とその存在をアピールするのである。

《ビッグデータがもたらす将来》
ここまではブラウザーとサーバの進化そして高速化がもたらした当然とも云える帰結である。 この先に等比級数的に蓄積量が拡大する”ブラウザーが保存する閲覧・検索記録というビッグデータ”が何をもたらすか、ある種の懸念や疑惑を生むのである。

ブラウザーを介したインターネットのアクセス結果は物やレジャーなどにとどまらず、アクセス者の位置情報など総てのアクセス情報を記録保存するのであり、それは最近話題となったポケモンGOの世界における総てのアクセス記録にも及んでいるのである。また孫正義氏が3兆円で買収した英アーム社に関連して話題となったIoT(Internet of Things)の世界がもたらすかもしれないスーパービッグデータの世界にも及ぶことであろう。

今やインターネット無しの日常は考えられず、特にGPSと連動するスマホが生み出すビッグデータが何をもたらすかは予測し難いものがある。ビッグデータを解析して何らかの傾向を引き出そうとするうちはまだよい。ビッグデータの解析にAI(Artificial Intelligence)が活躍するようになる近未来は予測不能とも云えるのである。

現在のAIは一定のアルゴリズム《問題を解く手順・算法》に基づいているが、最適解に至るアルゴリズムをAI自身が導き出す世界では、何が起こるのか想像できない。ビッグデータの解析にAIが活躍するときに、人間は思わぬ世界に誘導されてゆく状況が起こり得るのではなかろうかと想像するのである。

それはオーウエルの”1984年”の世界であり、2001年宇宙の旅に登場したHAL9000がもたらす世界ではなかろうかと危惧もするのである。アナログ世界で育ちながら後半生はパソコンとインターネットに馴染んできた茫猿は、四六時中スマホのアニメに興じている孫娘を眺めながら、スマホ偏重世代の行く末を案じているのである。田舎暮らしと云う非日常にいながら、彼女はアニメを垂れ流すスマホやノートパソコンの前から離れないのである。

スマホはミニパソコンである。パソコンよりも多機能でありモバイル性も高いという優れた資質を備えている。しかし、スマホは受動的であり能動的ではない。それでも情報受信の機動性と速度はパソコンに大きく優っている。しかし何かを生む出すと云う機能には《スナップ写真のアップやショートコメントの投稿など些末情報を除けば》まだまだ欠けていると考えている。もちろん、パソコンだって使い方次第では受動的であり生産的ではない。孫娘の使い方はノートパソコンもスマホも同じなのである。それはラジオとテレビの比較にも云えることだし、読書とテレビの比較にも云えることであろう。

《リベラルアーツの重要さ》
既にブラウザーが提示する広告や、広告でなくともブラウザーの検索アルゴリズムに支配される世界に浸っていると云えるのであり、ブラウザーの検索アルゴリズムに既に誘導されているとも云えるのである。この状況から抜け出すのは容易ではない。複数のブラウザーを利用すれば良いと云うものでもない。Yahooの検索システムはその基本はGoogleのものであり、それにYahoo独自のサービスを加えているのである。Internet Explorerだってデフォルト検索エンジンをGoogleに設定することを勧めるサイトは多いのである。

ブラウザーのサーチ《検索》とソート《整列》のアルゴリズムにそれほど大きな差異があるとは考えられないし、ブラウザー毎に独自性があるとすれば、それも問題であろう。いずれにしてもブラウザーのアルゴリズムに支配され誘導されている世界であることには違いが無い。

そこで重要になるのは、ブラウザーの検索と整列結果を鵜呑みにしないと云う、閲覧者独自の視点である。端的に云えばネット情報を丸呑みにしないと云う主体性を保持できるか否かなのである。そのような主体的かつ独自の視点・視座を育てる上で、リベラルアーツというものが大いに役立つであろうと考えるのである。

複雑化した現代社会では、ある特定分野の専門的な知識が求められる一方で、幅広い知識を身につけ、異なる考え方やアプローチ方法が理解できるような総合力が必要とされている。リベラルアーツは基礎的な教養と論理的思考力であり、専門的知識の基礎を為す教養であり根幹的な人間力とも云えるものであろう。

ネットに溢れている偏向的な示唆や誘導とは一線を画してゆく上でも、記事を粧う広告を見極める上でも、自らの力で考える力を育んでやりたいものだと、スマホアニメに興じている孫娘を眺めながら鄙の髭爺は思うのである。そして、そのこと自体はテレビや新聞報道を鵜呑みにしない、著名人が言ってたからと丸呑みにしない、自らの頭脳と言葉で考えることと同じことなのだと思うのである。

そして気づかされた。それは「暮しの手帖的生き方」に通じるものがあるが、同時にある種の限界を伴いがちな生き方でもあると気づかされた。大勢に順応しない生き方であり”和して同じない”生き方であり、時に辛い生き方でもあると気づくのである。

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