届いた、読み始めた。

たしか初夏の頃だったと記憶するが、NHKラジオの午前中の番組「すっぴん」で金曜日のパーソナリティー高橋源一郎氏が、方丈記の現代語訳にチャレンジし始めたと話題にしていた。刊行予定は11月頃で、酒井順子訳・枕草子、内田樹訳・徒然草と一緒に刊行予定と聞いた。聞くやいなや即座にネット予約したのである。

予約理由のひとつは、刊行時期まで数ヶ月のあいだがあるので忘れてしまわないために、もう一つの理由は訳者である内田樹氏はネットを通じて彼のファンなのであり、高橋源一郎氏は前述のラジオ番組を通じて、酒井順子氏は極々まれに読む週刊誌コラムを通じて好感を持っていたからである。

さらに付け加えれば、受験勉強・古文で僅かにかじったものの、その後はほとんど忘れてしまい手に取ることなど無かった。遠い高校時代の昔を思い出しながら、枕草子、方丈記、徒然草をもう一度読んでみたいと、かねてから思っていたことも購読予約理由なのである。

その予約してあった書籍が今日届いた。さて、何処から読み始めるか。内田樹訳:徒然草から始めるか、それともいちばん短い高橋源一郎訳:方丈記からにするか、あるいは掲載順に酒井順子訳:枕草子を読むかと、全531頁の新刊書を手にして大いに迷うのである。いっそのことランダム&スクランブル読破とする手もあるだろう。41ufralzdll-_sx343_bo1204203200_

書籍紹介サイトで酒井順子氏はこう述べる。『枕草子と向き合う時間は、親しい友と語り合うかのように流れてゆきました。千年前にも「気が合う人」はいるという喜びを、読者の皆様にお届けできればと思います。』

《枕草子》酒井順子訳
(冒頭)春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
(酒井 訳)春は、夜明けが好き。次第に白んでくる山際の空が少し明るくなって、紫がかった雲が細くたなびいているのが

同じく紹介サイトで高橋源一郎氏はこう述べる『方丈記は、この国の歴史上、もっとも短くてなおかつ有名な散文だ。乱世と天変地異が続いた激動の時代に生きて、作者は極限まで「書かない」ことを選んだ。その謎に迫りたい。』

《方丈記》高橋源一郎訳
(冒頭)ゆく川の流れは絶ずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
(高橋 訳)あっ。歩いていたのに、なんだか急に立ち止まって、川を見たくなった。川が流れている。そこでは、いつも変わらず、水が流れているように見える。けれども、同じ水が流れているわけではないのだ。《”よどみ”以下の訳は略す。》

高橋氏は「方丈記」を「モバイル・ハウス・ダイアリーズ」と訳し、鴨長明をカモノ・ナガアキラ、冒頭の段に「リヴァー・ランズ・スルー・イット」と副題を付けている。

高橋氏はTwitter@takagengenでこう発信している。(2016/11/19)
今月出る本の2冊目です。「方丈記」を訳しました。ちょっと変わった……いやかなり……相当変わった訳かも。原作のカモノ・ナガアキラさんは喜んでくださるはずです。ちなみに「方丈記」ではなく「モバイル・ハウス・ダイアリーズ」です。「方丈記」というタイトルは消して、って言ったらダメだって。
というわけで、(「方丈記」ではなく)「モバイル・ハウス・ダイアリーズ」を出したので、その記念イベントがあります。たぶん、怒られるな、みんなに……。

内田 樹氏はこう述べる。『現代語への翻訳というときの「現代語」とはどういう言葉を指すのか、考えるとよくわかりません。とりあえず、「自分がふだん使っている言葉」なら現代語だろうと思って訳しています。』

《徒然草》内田 樹訳
冒頭つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
(内田 訳)ひとり閑居して、一日硯を前に、脳裏に去来することを思いつくままに書き綴っていると、自分では制御できない何かが筆を動かしているようで、怖い

七十の手習いと云うのであれば、ワイド版岩波文庫の”枕草子”、”方丈記”、”徒然草”を脇において、時折は古文を参照しながら読むのが正しいのであろうと思っているが、そこまですべきなのかと、まだ迷っているのである。少しばかり読み進んでから、岩波文庫ワイド版《旧来版は字が小さくて、茫猿の眼には辛いのである。》の購入を考えようと思っている。

 

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