紅葉狩りと蕎麦

昨日 2016/11/24 、かねて予約しておいた修学院離宮に紅葉をたずねてきました。七月初めに修学院離宮を訪ねたのですが、夏の日ざしの中で邸内を巡りながら紅葉の頃に訪ねたらさぞかし美しかろうなと思われて、帰る早々にこの日の参観予約をしておいたのです。

四ヶ月も前に予約したのですから、紅葉見頃についてもその日の天候についても時の運次第と云うわけです。案の定、紅葉は見頃を数日過ぎていましたし、天候は薄曇りというわけでした。東京では五十年振りに早い初雪という報せを聞きながら北風を危ぶんで出かけたものの、時折は雲間から薄陽のさす穏やかな一日でした。

例によって西へ向かうときの定番コース、大垣駅から10:42発の東海道線普通列車、米原駅で新幹線に乗換えて京都駅、京都駅からは渋滞をさけて地下鉄で国際会議場まで行き、会議場からは市バスで南下して会議場から五つ目のバス停修学院離宮道に至ります。

参観予約時間まで余裕がありますから、朝食を摂らないで同行する家人のために京都駅構内では「イノダ珈琲」で軽い食事を摂り、地下鉄を降りた会議場駅では秋景色の国際会議場周辺をしばらく散策するというノンビリ旅でした。

紅葉見物で大混雑する京都市内ですが、修学院離宮だけは当日の予約参観者数が限定されており《90分間隔で30〜40人、八月から始まった当日門前受付は午前中に満杯でした。》、混雑とは無縁の紅葉狩りを楽しめました。せめて五日ほども早かったら、せめて晴天であったら、午後四時近くの夕陽であったらと欲を言えば切りの無いことでしょうが、それでも修学院離宮の秋景色は堪能できました。写真は夕陽に映えていれば絶景と云うことばがふさわしいであろう隣雲亭から大刈込み越しに浴龍池を望みます。20161124ike

浴龍池に架かる千歳橋を紅葉越しに望みます。20161124chitosebashi

浴龍池・西浜の舟着き場付近より浴龍池を眺めます。20161124yokuryuuike

大苅込み越しに、刈り取られた《これも離宮邸内の》段々田、そして遠くに京都市街を眺めます。大刈込みとは浴龍池西側の堤防を隠すように植え込まれた樹木を刈り込んで生け垣のように見せるものです。20161124ookarikomi

桂離宮の邸内にも置いてありました関守石、ここでも幾つか見かけました。留め石、踏止石(ふみとめいし)などとも呼ばれる紐をかけた石で、あからさまに立入り禁止柵を設けたりすることを避けて景色を壊さない優雅な表現です。20161128sekiishi

邸内ではあちこちで山茶花が咲き始めていました。離宮内の山茶花は赤の他にピンク色の山茶花が多く見られました。右の写真は離宮門前の民家庭先の南天がみごとな実を付けていたので撮ってみたものです。
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修学院離宮のアレコレについては、七月訪問記事《1−3》に詳しい。
なぜ、修学院離宮か 修学院離宮・その1
修学院離宮と桂離宮 修学院離宮・その2
修学院離宮を訪れて 修学院離宮・その3

参観を終えたのが午後三時過ぎ、せっかくだから帰り道に「永観堂」にでも寄るか南禅寺界隈を歩くかと考えたのが大間違いでした。修学院離宮停から乗車したバスは銀閣寺道で満車積み残し状態、永観堂停や平安神宮前停でも降りる人と乗る人の入れ替わりがあるものの満車積み残しは変わらずという有様のうえ、渋滞でノロノロ運転です。京都通を自称しながらも見通しの甘さを同伴する家人に無言で責められつつ、通常の倍近い約一時間の車中でした。四条通を迂回し五条通に向かうバスの中で思い出したのが、五条烏丸の「蕎麦屋よしむら」です。

五条高倉でバスを降りて「よしむら」に向かったが四時過ぎのことでした。「よしむら」に着けば、その時間帯はカマドの火を落としており夕刻の開店時間は午後五時半とのこと、約一時間余りの時をどう過ごすかと思っても手頃な喫茶店も近くには無いので、マクド・コーヒで暇つぶしです。コンビニで買った夕刊もすぐに読み切ってしまった茫猿は、近くの裏通り散歩に出たところ、おしゃれな和花小物の店「さかそ屋」を見つけました。

こんなことでもなければ入ることの無い店で、孫娘の七五三参りに使えそうなカンザシを見つけたのです。左は店内の一隅、右は孫娘にと買い求めたカンザシです。とても佳く似合うだろうし正月に鄙宅にやって来れば喜ぶだろうと爺バカは思うのですが、同伴する婆はそんなもの気に入るかどうかも判らないし、髷を結わなければ使い様も無いと、無愛想きわまりない反応に爺は憮然です。
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さて、夕刻の開店を待ちわびた「よしむら」は待っただけの甲斐がありました。20161124yoshimula2

この前に来たのはいつだったか、その時は一緒だった中村君が亡くなってからもう一年半などと思い出しながら、茫猿お気に入りの二階窓際席で五条通の夕景を眺めるのです。 あぶり鴨やヌタなど肴五種盛り、蕎麦味噌のフロフキ大根、ワカサギ天婦羅などで先ずは一献いただきます。卓上焜炉で炮烙の上にネギや三ッ葉をたっぷりと敷き、その上に牡蠣を並べた、牡蠣ネギ味噌焼きも旨かったです。《畑の葱や三つ葉が食べ頃になり、自家製の柚味噌が常備されている鄙里草深包丁の新しいレシピに早速加えたことです。普通の牡蠣鍋よりもずっと旨いと思える牡蠣ネギ味噌焼きです。》20161124yoshimula

〆にはざる蕎麦をいただき帰途につきます。家人は京都駅伊勢丹地階で黒七味や柴漬けなどを買い求め、茫猿は手に孫へ土産のカンザシをぶら下げてのほろ酔い紅葉狩り道中でした。学生時代に慣れ親しんだ修学院とその南に隣接する一乗寺は随分と変わってしまっています。それでも、その頃から残っているのであろう、かつては農家であった家の佇まいや、今も変わらない比叡山山麓の風景は、五十年を超えてかつての記憶を鮮明に蘇らせてくれます。

次に機会があれば、出町柳駅から叡電に乗車して叡電修学院駅へ向かい、修学院離宮道から曼殊院道、さらに一乗寺下り松から詩仙堂へそして叡電一乗寺駅へと、五十年前から続く道を歩き、青春ノスタルジーに浸ってみたいと思っている。

今の私の原点はあの界隈にあると思っている。親に苦労をかけて大学へ進みながら、大学では何も学ばなかった。何も学ばなかったと云うのは少し違う。講義からは何も学ばなかった、講義すら出ること少なく五年もかけてかろうじて卒業したのに過ぎない。けれど、彼処で過ごした数年のあいだに得たものは、とても多かったのだと思わされている。

かろうじて卒業できただけだからこそ資格試験の道を志したのだし、アルバイトに明け暮れた日々だったからこそ得た生活体験はなにものにも代え難いものがあったのだと振り返る。善くも悪くも茫猿をつくったのは、修学院離宮道から一乗寺・詩仙堂へ続く道筋だったのだ。そんなものは老いが深まった者の感傷に過ぎないと笑っている茫猿もいる。それでも老い深まった者だからこそ感傷に耽ることも許されるだろうし、老いたる者の特権でもあるのだろうと考えている。あの道筋には、ほろ苦く甘酸っぱいうら若き日々の匂いが今も漂っている。

《いつもの蛇足》茫猿の原点と云うのは、ふと立ち寄った和花小物の店で孫娘にカンザシを買い求め、渋滞バスを途中下車してマクドで時間待ちして蕎麦屋に入る。 そんな予定は未定の旅を楽しむ、違う言い方をすれば”行き当たりばったり”、”同行者泣かせ”の旅を楽しむ茫猿の原点は、先のことなど何も見えていなかったあの頃にあると思っている。 そんな茫猿の旅になんども付き合ってくれた、ベーヤンこと田辺さん、ムーさんこと村山さん、ヒロカズこと中村くん、そして今回も飽きずに嫌がらずに同伴してくれた老妻にそっと礼をいう。

 

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