私的十大ニュース

2016年も残すところ一週間、茫猿の備忘録として、極々私的な2016十大ニュースを振り返って見る。日々穏やかに何事も無く晴耕雨読の暮らしを過ごしていると思っていたが、振り返ってみれば様々なことに今年も出会っている。

02月・池の土留擁壁工事を行う。04月には池にカルガモが来ていた。
年々、土木作業が身体に厳しくなってきているから、これが最後の修復工事と思っている。池の廻りの修景は年毎に整えており、池を回遊するのも楽になっている。暮れには伸び過ぎて大きく日陰を作っていたモチの木の枝をバッサリと払ったり、槙 4本 と杉やヒノキの木を除伐もした。明るくなった林を朝夕に歩く楽しみが増え、日々新しい発見をしている。
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04月・サツキ盆栽を始める。
半年程度では結果は見えてこないが、鉢をそれらしくすれば馬子にも衣装とやらで、何となく見られるようになったと秘かに自賛している。来春の開花が楽しみである。
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05月・大垣北高同期生が高槻市にて五十年ぶりに再会した。
持病があり遠出ができない友一人を気遣って、東京から、四日市から大垣から大阪府高槻市に向かい、計五人が参会できた。会えば半世紀前の悪ガキに戻るチョイ悪爺々連である。
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06月・長男に次女が誕生し、孫二人となる。
その後、産後の休養を兼ねて嫁と孫二人が八月一ヶ月間滞在した。孫と云うものは来て嬉し、帰って嬉し、そしてまた来るを待つ。
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6月・中村の一周忌墓参を同期生四人で行う。鳥取からも参加してくれた。中村を失った穴は埋めようもないが、それでも俺は生きている。
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7月・修学院離宮を参観した。9月には桂離宮を参観し、11月には秋の修学院離宮を再び訪れた。秋の修学院離宮は紅葉の見頃を過ぎた曇り日だったけれど、それでも美しい景観だった。京都の数ある名所旧跡名園のなかで、両離宮だけは雑踏とは無縁の庭である。20161124ike
10月・「空き家の有効活用と地域創生に関する勉強会」に参加した。
清水千弘氏 (日本大学教授)をモデレータとするセミナーである。久しぶりに約二時間の講義聴講は結構疲れた。老いを感じたけれど、良い刺激も受けた。
2016/10/28 「リノベーションを通じた地域創生」(島原万丈講師)
2016/11/18「住宅市場に異変と変革の波」(長嶋修講師)
第三回は青春18切符の旅と重なり、欠席した。
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12月・青春18切符で普通列車・六日間の旅に出る。
病床の畏友を見舞い、長崎と鹿児島の路面電車に乗車する。日本最南端の駅にも到達。畏友にも知友にも会えたし、永年の想いも叶った佳い旅だった。次は高知と松山か。20161213koorimoto-sansaro

この他にも、三月には北海道鑑定士協会有志が岐阜県士協会を訪ねてきて懇親を深めた。九月には家人が長男と孫の二人旅をサポートするために、常滑空港から独りでバンコックへ旅立った。十一月からは四年ぶりに務める白鬚神社祭典係が始まった。師走28日には我が家では六十年ぶりの餅搗きが控えている。

ところで、この記事を綴りながらふと過去記事が気になった。なにが有って、なにを書いたのかと気になったのである。右サイドのメニュー「過去記事一覧」から1999年初め、つまり「鄙からの発信」を始めた頃の記事を幾つか読んでみた。

二度三度とWebソフトを変更したもののアーカイブをソフトに合わせて補修正していないので、改行や段落が整っていないから読み難いところも多いのだが、拾い読みして十八年も前は熱かったなあと思い出した。当時はまだ五十代半ばなのである。月日は人を変えてゆくとつくづく思わされた。それは老いを実感させるものであり、懐かしく感慨深いタイムマシン・トラベルでもあったし、書いておいてよかったとも書き続けてきてよかったとも思えることだった。

 

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