土佐”電”日記-1

かの紀貫之もすなる土佐日記といふものを、我もしてみむとてするなり。過ぐる歳の師走の十八日の、未の時に門出す。そのよしいさゝかものにかきつく。ある人多年の願いである大八洲路面電車踏破の仕舞にと思い立ち、搭乗券など取りて住む茅屋より出でて空飛ぶ船に乘るべき所へわたる。

北は札幌すすきの、東は東京わせだ、西は長崎しあん橋、南は鹿児島てんもん館と乗り歩いた全国の路面電車乗車の旅も、高知市の土佐電鉄市内線を残すだけとなっていました。《「鄙からの発信」HP 路面電車

高知へはどんな旅にしようかと考えましたが、長い鉄道旅は疲れる年頃ともなり、LCCを利用するのが一番無難であろうと考えるようになりました。

そこで、2005年から県営に移管していた小牧空港《愛知県小牧市&豊山町》よりFDAにて高知へ飛ぶことにしたのです。かつての小牧空港利用は自家用車による空港アクセスが専らでしたが、今回はLCC利用であることや帰途は高松・岡山経由で鉄道を利用することから、空港までは公共交通機関を利用しました。

2017年12月18日未の刻すなわち午後二時に家を出て、路線バスにて大垣駅へ、大垣駅からはJR線にて名古屋駅へ、名古屋駅前からシャトルバスにて県営名古屋空港へ向かうのです。陽も落ちた午後五時半過ぎに到着した県営名古屋空港は、往時の見る影もなくこじんまりとしたローカル空港となっていました。搭乗予定の便も含めてこの日残るフライトは三便のみであり空港ターミナル内も閑散としていました。

空港にボーディング・ブリッジの設備はなく、搭乗手続きを済ませると同じ地表階から徒歩で搭乗機に向かいます。通路の途中には《空港場内車両が通過する》横断歩道があったのには少し驚きました。搭乗客数は定員の三割ほどで混雑することもなくタラップを昇り席に落ち着けば、18:35離陸です。約一時間の飛行で目指す高知龍馬空港へ到着し、空港からシャトルバスにて宿泊先のホテル日航高知に着いたのは午後八時頃です。

陽の落ちた空港内、画面右手が搭乗者用通路で、横断歩道の遮断バーが見えます。

乗り換えや待ち時間などが多くて、鄙里から高知のホテルまで六時間も要しましたから、同伴する老妻には疲れが見えましたものの、コンビニを探しがてら適当なところがあれば夕食もと思い、落ち着く間も無くホテルの位置する菜園場町からはりまや橋に向けて電停二区間ほどを歩き出したことです。

この日の夕食ははりまや橋手前の「土佐の一風」にて、老妻の希望をいれて鰹の塩たたきと牡蠣のガンガン焼き、それに何故か大阪点天のギョウザでした。加齢には抗うべくもなく、グラス一杯のビールのみにてそそくさと夕食を済ませてホテルに戻り、いつになく早々と就寝した高知第一夜でした。はりまや橋交差点を少し過ぎれば高知一の繁華街である帯屋町に至ったのだとは翌日に知ったことです。

翌朝、ホテルから鏡川と太平洋方向を望みます。画面左手の山越しに朝陽が昇り、画面中央には太平洋も見えます。鏡川河口部の右手が桂浜です。

 

 

 

 

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