魚豊さんと草深包丁

風の強い日や小雪の舞う日が多いから、畑仕事ができない日が続いている。高知への旅行を終えて、少しずつ賀状書きをするだけの日々である。暮らしの楽しみが乏しくなっているから、食うことは大切にしようと考えている。

スーパーの肉や魚に飽き足らない思いをいつも抱いているから、牛肉(飛騨牛)は養老町の「丸明」へ月に一度くらいの頻度で出かける。買い求めるのは飛騨牛の切り落とし、ローストビーフ用のブロック、そして網焼きやスキヤキ用のスライス肉である。魚は岐阜市西野町の「魚豊さん」へ出かけるのである。歯医者の定期検診に通うついでに魚豊さんに立ち寄るのである。魚も肉も専門店の品揃えと質の良さに、茫猿は残日暮らしの彩りを求めている。

昨日は魚豊さんへ出かけた。暮にというかこの冬に食べたいのが「フグちり」「松葉カニ」「寒ブリ」である。この日は同行する家人の都合で、お店に着いたのが午後二時過ぎ、店は早くも仕舞い仕度にかかっていた。

松葉カニはさばくのが面倒だなと迷っていると「捌きましょう」と言ってくれる。見れば「島根・浦郷漁協」のブルータグが付けられている。この数日ほど北海道から北陸までの日本海が荒れているから、遠くから旅をしてきたようである。

店を仕舞うから安くしておくという女将さんの言葉に誘われて買い求める。一杯のカニを夫婦二人で、まずはカニしゃぶ、野菜と合わせての蟹チリそして雑炊をいただく。出かける前は”贅沢でしょう”と渋い顔をしていた家人も、口に運べばえびす顔である。

あいにくとフグは無かったので、尾の身ワンブロックが残っていたブリを買おうとしたら、調理台の前にいた大将が「四分一でよろしければ《四分一買っていただければ》、有ります」と言うではないか。一瞬迷ったのちに、頂きますと言うと、冷蔵庫から丸々一本のブリを出してきてさばき始める。四分一か半身が残っていたのだろうと思っていたのに、新しく捌いてくれるのがとても嬉しい。大将が「腹身ですか、背中ですか」と問いかける。旨さは腹身だと思っているけれど、最近は脂身よりアッサリ味の方が好みになっている。だから、背の身を頼む。

四分一のブリは、当然のことながら老夫婦が一度で食せる量ではない。今日は厚く切った刺身、明日はブリしゃぶ、一日置いて照り焼きでいただこうと考えている。端の尾の身はブリ大根にするか、それに秋に収穫した大和芋のおろしがけブリも良いだろう。畑で大根とカブラを採ってきて、刺身のつまと味噌汁の具を整えるのである。贅沢な老夫婦の食生活にみえるかもしれない、家人は口癖のように贅沢だと言っている。でも考えてみれば、こうしたまとめ買いは贅沢な様にみえて、無駄のない合理的なその上に豊かな食生活なのだと思っている。毎日のことでも無い。

何よりも数年もすれば喜寿にいたる茫猿である。このあと何回好みの食事ができるか知れたものでは無い。歯と眼と耳と鼻それに舌が満足なうちに、食べたいものを食べて心置きなく眠りにつきたいと考えることは不遜でも贅沢でもなかろうと考えている。それもこれもそれなりの草深庖丁が使える身であればこそとも考えている。買い物も調理も家人任せであれば、こうはゆかない。宛てがい扶持を口に運ぶだけの毎日なのであろう。

鶏肉だって、美濃古地鶏の半身やモモ肉をダッチオーブンでスモークすれば、美味しく気持ち豊かに食せるのであるし、高そうにみえて以外に高くはないのである。スーパーのラッピング包装されてドリップの滲んだ品ではとても味わえない。それもこれも毎日が日曜日であればこその、残日暮らしの豊かな仕合わせなのだと考えている。

小雪が待っている。雪の止み間に畑に出て大根、蕪、葱を採ってこよう。

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