戊戌《つちのえいぬ》 春風献上

明けましておめでとうございます。2018年そして平成30年の元旦である。平成も30年を迎えて、一つの時代区分としての長さを得たように思われます。同時に平成年代も残すところあと一年と4ヶ月、2019年(平成31年)4月30日には今上天皇譲位により新しい元号年代に移ることとなる。茫猿も間も無く満74歳の誕生日を迎えて数え75歳となり、医療制度の上で後期高齢者に数えられるのも近い。

昨年末には高知市の土佐電鉄・路面電車の踏破を果たし、全国の路面電車の全ての乗車を果たしました。路面電車全線踏破を意識するようになってから数年、その望みを叶えてしまえば、残るのは満足感よりも次の目標が見当たらない虚脱感が勝るようである。

今や残日の日々を過ごす茫猿であれば、陋屋とわずかな畑と雑木林を守ることが精々の目標なのであり、新たな目標を立てても叶わぬ夢となること間違いなく思われる。賀状にもこのように記したことです。

とは申しながら、老いたりとはいえ消え去ってしまうにはまだ暫くの時間が残されているようである。祖父や父母から引き継いだ家屋敷を守るだけに過ごしては些か侘しい。

「鄙からの発信」掲載記事を3000号に達せさせること、日本最西端の駅・たびら平戸駅を訪ねること、それだけでは小さすぎるから何かこの世に生きた証の一つでもと思いはするけれど、体力や資力何より気力を思えば、適当なよすが《縁》が思い浮かばない。暫くはこのよすがを探すことに努めるとするかと、数え75歳の元旦に思うのである。
《ちなみに、この記事は1999年1月  鄙からの発信開始以来 2932号である。》

ところで、この賀状書きであるが、千枚近くの賀状を出していた頃は表裏両面業者印刷という時もあったけれど、近年は文面独自作成・自者印刷、宛先は手書きとしている。生来の悪筆を疎ましく思うときもあるが、昔二十数年も前、RCに在籍していた折に、能筆ではクラブで一二と評されていた吉田大先輩に「君の賀状はいいね」と言われ、悪筆でお恥ずかしいと答えたら「君の賀状は自分で書いている。それが何よりだよ」と評されたというか褒められたことがある。

それ以来悪筆を物ともせず宛名手書きをしている。しかしながら二百枚にも満たない賀状でも、目が衰え筆先儘ならぬ近頃では百枚の賀状宛名書きが重荷である。賀状交換を閉じる時期が近ずいていると思わざるを得ない昨年末だった。

【閑話休題】
歳末に「年賀状は囚人のジレンマである」と云うブログ記事に出会った。”囚人のジレンマ”とは代表的なゲームモデルである。ブログ筆者は「賀状を止めにすることが互いの利益であるけれど、自分から止めることはしない。”できない”と云うのである。

【(引用開始)個人にとって合理的な選択は、必ずしも全体に良い影響を及ぼすとは限りません。誰も不利益を被ることなく、全体の利益が最大化された状態(それ以上利益を出すためには誰かを犠牲にしなければいけない状態)を「パレート最適(またはパレート効率性)」と呼びます。

囚人のジレンマの場合、「お互い自白せずに懲役2年の刑罰を受ける」のがパレート最適と言えます。しかし、相手が裏切って自白した場合、自分は懲役10年になってしまいます。そのリスクを回避するためには自白するしかありません。

この状態では2人とも「自白する」という選択しかできず、そこから変える必要性はありません。このように、自分の選択を変えると利益が得られない状態=互いに現状から変わる必要のない安定した状態を「ナッシュ均衡」と呼びます。(引用終り)】

文面は「印刷された定型的かつ無味乾燥な字句の羅列」、宛名はシール貼りもしくはプリンター印刷と云う賀状の交換に何ほどの意味があろうか、だから賀状は出さないとブログ筆者は云う。茫猿も文面は印刷だけれど、暮近くなれば今年の賀状はどうしようかと考えた挙句、オリジナルな文面とオリジナル写真を組み合わせている。宛名は悪筆を承知の上で相手先のお顔を思い浮かべながら手書きしている。時には文面余白に一筆書き加えてもいる。

しかし、届けられる賀状の多くというよりも大半は、味もそっけもない両面印刷賀状である。それでも頂いているのだ、相手先の住所録ファイルには我が名がまだ残されているのだと考えて返礼している。(これも一種の囚人のジレンマであろう。)

実は、事務所を自宅に移転した年に転送されてきた賀状宛先の大半(住所録を変更されなかった方)は、私の住所録から削除済みであるから、現役の頃に比べれば賀状の交換数は激減している。

さて、これからどうするか。終活と云えば、賀状ももう一段減らすべきか、それとも全廃すべきかと考えている。慌てることはないから、ゆっくりと一年をかけて考えれば良いことであろう。それに私の賀状は今や、生存記録(挨拶)になっているし、文末に記載する「鄙からの発信」URL告知状にもなっているのだからとも考えている。何よりも、賀状を全廃してしまえば、中学卒業以来欠かすことなく頂戴している人まわり年長の恩師からの賀状も半まわり年長の従兄からの賀状も途切れてしまうではないかと、今は考えている。

《2018/01/01  02:07   追記》
朝が早い続くせいもあろうか寒さのせいだろうか、この数日は帯状疱疹後遺症の神経痛がぶり返して腋の下が痛むので、夕食に年越しそばを食した後は寝てしまった。長男一家はタイのクラビで年越しである。次男は豊島で年越しである。鄙里は老夫婦だけのひっそりとした年越しである。

 

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