鑑定士修了考査-3

鑑定士修了考査の設問の2は、「鑑定評価額の決定に際し各試算価格の説得力を判断する観点から、あなたが行った案件に即し、各試算価格に商業地としての市場の需給動向と市場参加者の行動原理がどのように反映しているかを具体的に述べなさい。なお、記述の冒頭であなたが判定した最有効使用を記載しなさい。」である。この設問のうち市場の需給動向について前号記事で考えた。次いで、市場参加者の行動原理が比準価格及び収益価格に如何に反映されたかについて考えてみる。

市場参加者の行動原理が比準価格及び収益価格に如何に反映されたかについて考えてみると記し始めたが、この問題は難しい。現役の頃に正面から考えてみたことも無かったことである。それでも、この設問だけスルーするのは癪だから、とにかくも何かを書いてみる。多分、筆を投げることだろうが。

《a. 市場参加者の行動原理》
市場参加者の行動原理とは、不動産取引や賃貸当事者の行動の根源的な動機となる本能・欲求・願望・信条・価値観などを云うものであろうが、ここでは当事者の示す行動の動機付けに限って考えてみる。すなわち売却、買付、貸付、借受あるいは現状保持などの様々な行動の選択基準がいかなるものであるかと云うことである。

需要者にしてみれば何を動機として買い受けるか賃借を選ぶかであり、供給者にしてみれば売却するか賃貸を選ぶかである。同時にそのいずれも選択せず、しばらくは市場の推移を見守ると云う選択(様子見)も存在するであろう。

商業用不動産の市場参加者には自己使用物件の取得あるいは賃借を考える者以外に、投資物件取得を目論む参加者も存在する。商業用不動産の市場において、収益物件投資家は大きな存在である。その最大はJ-REIT上場事業者及び関連投資家の存在であり、今や商業用不動産市場の価格水準や利回り水準をリードする存在でもある。

《b. 収益価格と比準価格の対比》
この市場参加者の行動を選択する基準は、収益価格と比準価格の対比に最もよく現れる。すなわち比準価格≧収益価格であれば、不動産所有者としては賃貸よりも売却を優先するであろう。また収益価格が比準価格に近似すれば賃貸を選択しインカムゲインに期待するであろう。収益価格≧比準価格であれば賃貸を優先してキャピタルゲインの獲得を先延ばしするであろう。また、両者の開差が大きければ売却あるいは賃貸を選択する際に、検討の余地は少なくなるであろう。

一般的に売却のために不動産を所有することは、戸建住宅やマンションの分譲事業者を除けば少ない。居住家屋や営業継続中の店舗や事業所を売却しようとはしないものである。

相続や破産、事業廃止など何らかの事情で換金の必要が生じた場合以外に売却物件として不動産が市場に登場することは少ない。そのような事情で不動産市場に登場する物件供給者は賃貸を選択する余地は乏しい。だから純粋に市場参加者の行動原理が収益・比準両価格に反映する場合と云えば、収益物件投資家が市場に参加する場合であるといえる。他には資金調達が主な目的であるとしても、比準・収益両価格の均衡が考量されるのはセール・アンド・リースバックの場合がある。

《c.キャピタルゲインとインカムゲイン、リターンとリスク》
収益物件投資家としては、収益価格が比準価格に近似するか上回れば、投資意欲はより高くなるであろうと推論できる。投資家としてはリターンとリスクを天秤にかけて、如何にリスク少なく、大きなリターンを得られるかを検討するであろう。他の金融資産に比較して表面利回りに大差がなく予測されるリスクが小さければ、投資家の投資意欲は高まるであろう。

比準価格及び収益価格に商業地市場参加者の行動原理がどのように反映しているかを述べるとすれば、両価格の調整・検証及び評価額決定過程に現れると云えよう。比準価格の特性が比較的多くの市場から得た資料を基礎としているのに対して、収益価格は基礎とする賃貸収益資料が守秘義務の壁に阻まれて得られる資料が乏しいことにある。また、市場がキャピタルゲイン注視かインカムゲイン注視かのいずれに傾いているかに現れるとも云えよう。

賃貸収益資料が乏しいことは、賃料のみならず必要諸経費についても信頼度の高い資料が得られない。当然のことながら、還元利回りを判定する具体的資料も乏しいことになる。これらの収益価格試算につきまとう困難さは、収益価格の信頼性を低くするものであり、比準・収益両価格を比較考量するに際して、収益価格のウエイトを低く見なさざるを得ないのである。

成約結果の守秘性よりも継続する賃貸契約の守秘性の方が高いということも、市場参加者の行動原理と云えるものであり、その行動原理が市場の閉鎖性に影響し、両価格の信頼性《即ち説得力》に反映されていると云えば、牽強付会であろうか。

市場参加者の行動原理が比準価格・収益価格に如何に反映されているかという点については明確な答えを持ち合わせていない。強いて云えば、両者の基礎となる事例資料を得るために市場にアクセスする手段が確かであるか否かということであろうか。取引事例を得る手段は比較的整備されつつあるが、賃貸事例を得る手段は未だに個々の鑑定士の自助努力に委ねられている。それはそのまま、両者の信頼度の多寡に反映されていると云えよう。

正直に申さば、市場参加者の行動原理が各価格に如何に反映しているかなど、手に負えない設問である。具体的に何を書けばよいのか理解できないし、上手くまとめられない。老兵にはこれ以上は何も書けない。ギブアップである。

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