盆過ぎて

お盆前の十二日から帰省していた長男家族が先ほど(2018/08/19  16:00)帰京した。孫娘ふたりは『まだ帰らない』などと祖父母泣かせの嬉しいことを言ってくれていたが、父親の休暇の関係もあり言い含められていたようだ。送って行った岐阜羽島駅で「お世話になり有り難うございました。お身体に気をつけて」などと息子夫婦に言われると、何やらウルッとくるのも五月の入院のせいか、よる歳波のせいかなどと思わされる。

孫娘二人のうち、二歳になる妹は誕生間もない頃に滞在して以来の岐阜訪問である。爺婆や田舎の環境に馴染むだろうかと、危惧したのは全くの取り越し苦労だった。初日こそ少しぎごちなかったものの、昨日今日では彼女から祖父母にすり寄って来てハグしてくれる。自我の芽生えが目覚ましい五歳児の姉は、翌日の希望する予定をホワイトボードに書いておいてくれる。

例えばこんなである。「あすのよてい つくえをみにゆく おすしをたべ おもちゃをかう」 来春は小学校入学である彼女、ランドセルは既に早々と用意されているから、次は学習机というわけである。家具店で品定めをすれば、彼女の希望するカラフルな机と、親が勧めるシンプルなデザインとの差を埋めるのは容易いことではなさそうである。

二歳児は鄙里に慣れてくると、父親と虫捕りを始めた。蝶々の入った虫カゴを肩からかけて離そうとせず、庭先で蟻の行列を眺めている。父親が買ってきたメダカを蓮瓶に放てば、飽きもせず眺めている。五歳児に芋掘りをさせてみた。まだ早いから親指ほどの芋ができていればと思っていたが、孫の握りこぶしほどの大きさに成長した芋が幾つか収穫できた。

息子が娘のために瓶にメダカを放流するのはこれで確か三度目である。前二度は夏に放流し冬を越すこと少なくて、いつしか絶えたが、こたびはどうであろう。次に孫たちがやって来るまで何匹残るだろうか。

用意していたプールは猛暑の12〜14日は大活躍した。15日16日は雨天休業、17日以降は急に涼しくなったのと次女が発熱したのでご用済みだった。プラレールと二段ベッドもお気に入りでバーベキューと花火も楽しんでくれたが、秋刀魚を焼くことは叶わなかった。新サンマが店頭に並ばなかったのであるが、ようやく並んだと思えば帰京が近くなり、祖母が「サンマなど喜ばないだろう」と首を縦に振らないのである。

いつの日にか懐かしむこともあるだろうかと、柱に二人の背丈を記録した。二人の写真を沢山撮るつもりだったが、お出掛けにはカメラ忘れ、家のなかでは撮るよりも二人を見守るのに忙しく、写したのはわずかであるがそれでヨシである。柱の記録の方がとても大切に思えてくる。喜んで背伸びする姉娘、何をされるか分からずに真っ直ぐに立とうとしない妹娘。柱の記録を見るたびに、童謡「背くらべ」とともにあの騒ぎが思い出されてくる今やただの爺様である。

しばらくぶりにとても閑かな今朝、冬休み夏休みに滞在していた孫たちが帰ってしまった後は、しばらくは何するということもなくボンヤリ過ごしていた母と父の姿を思い出す。
ひとつ季節が巡り、ひとつ月日を重ね、ひとつ記憶の底のオリが増えてゆく。秋きぬと目にはさやかに(彩に)見えないが、軒端をゆく風や日射しの短さに心揺らされている。

《追記》しばらく更新を怠っているうちに、2018/08/08 沖縄県の翁長雄志知事が亡くなった。すい臓がんと闘いながら、オール沖縄で普天間基地の辺野古移転に反対し阻止闘争を続けるなかで病魔に倒れた。翁長知事の遺志を誰が継ぐのか、継ぐことができるのか、沖縄いや琉球の未来のために善かれと願うのである。

家人の姉妹の何人かが体調がすぐれないと聞こえてくる。世の慣いとはいえ、気の重い秋になる気配もある。事勿れかしと願うのみである。

「孫と云うものは来て嬉し、帰って嬉し。」とは言うけれど、帰ってホッとするのは否めない。来て嬉し、帰って一抹寂しも否めない。ホッとするのは疲れもあるが、怪我も病気も無く無事に過ごしてくれたと云うのがホントウのところである。そんな思いとても、こちらが歳を重ねて老いてゆき、孫は育ってゆく年毎に変わってゆく。

孫ふたりを連れての外食は大変なので、丸明・飛騨牛のBBQやテイクアウトした魚勝の鰻ひつまぶしを食べさせたけれど、次の機会には澤千のひつまぶしや桔梗苑の焼肉へ連れてゆきたいと考えている。

《2018.08.24  追記》
まだ帰らないと駄々をこねていた孫娘たちが大人しく帰っていった理由が分かった。iCloudの共有アルバムに投函された写真から、豊橋駅で途中下車し、豊川稲荷に参拝し、豊橋市内のホテルに泊まり、翌日は掛川城掛川花鳥園に遊ぶという優雅な帰省の締めを娘たちに提案したようである。ヒカリに乗らずコダマに乗車すると言っていた訳もこれだったのである。《予定より一日帰京を早めたのも、こちらの疲れを見とったからであろう。》

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