鄙里・霜月の彩り

今日は霜月朔日。2018年も残すところ二ヶ月、年明ければ平成が終わり新しい年号が始まる。さていつもいつも、そんなに記すことがあるわけでもなし、そこで鄙里の秋の彩りをグラビア記事風に。

先ずは立冬(11/07)が近くなった昨日の朝陽。
厳しい猛暑のなかに秋の気配を探していたのが、つい二ヶ月も前のこととは信じられないほどの今朝の冷え具合である。一気に秋深まる気配濃厚な鄙里である。ツワブキ(石蕗)の花が咲きはじめた。晩秋を彩る鮮やかな黄色である。同じ場所に咲くツワブキであるが、花びらの姿が異なっている。

こちらは茶花、茶席に飾る花という意味ではない。文字通り茶の木に咲く花である。茶席を飾ることもあるのかどうかは不案内にして知らない。茶はツバキ属ツバキ科とのこと、よく見れば一重のサザンカによく似ている。というよりもサザンカは山茶花(サンサカ)と記すのだ。

似たような写真を10/16に掲載したが、あの日の写真は落花生と銀杏、この写真は柿チップである。渋柿をスライスして天日干しする。わずかに渋が残るものの、すでに甘く好ましい味を出している。

そして鄙里風物詩の柿スダレである。この秋の渋柿の稔りは豊かだったから、干した柿の数も半端ではない。右は昨秋と同じ場所に干しているが、ここだけでは干したらず、この秋に追加する干し竿が左の写真。焼酎で渋抜きする樽柿も食べ頃になっている。今日は、絹サヤに菜花の種を蒔き、そしてみかんの採り入れでもするか。
   

納屋のなかでこれだけの柿の皮を剥いていると、包丁の刃を押さえている右手親指の皮が細かく傷ついて痛みを感じるようになってくる。その昔の秋深まる頃に、亡き母親が座り込んで柿の皮を剥いていたのを憶ひ出す。

さらにもっと昔、干して二十日も過ぎた頃、受験勉強に疲れた夜更けに一荷を竿から外し、まだ渋さが残る柿をこっそり食したものである。外してできた隙間を埋めるために、両側の柿を寄せて繕ったことも憶ひ出す。母親は分かっていただろうに何も言わなかった。どのみち、お前たちの腹のなかに入る柿なのさと思っていたのだろう。六十年以上も前のことである。

晩年の母は、開いた干し柿を藁で巻いて巻柿を作っていた。一度は作ってみたいと思うけれど、最近では藁が手に入らない。《コンバイン刈り入れでは、藁を刻んで田に撒いてしまう。》

◎ 樽柿や 少し澁きも 喰ふべく 《子規》
◎ 樽柿の 渋き昔しを 忘るるな 《漱石》
◎ 柿剥きつ 顔を上げれば 空蒼く 《茫猿》 

《沖縄の辺野古基地埋立》(2018/10/30)
沖縄県の承認撤回を国交相が効力停止、辺野古埋め立て工事再開へ。
知事選で示された民意を防衛省と国交省の行政不服審査自作自演で無視する。
沖縄県民の民意無視は何度目かの琉球処分ではなかろうか。

《自民党稲田朋美筆頭副幹事長の代表質問》(2018/10/30)
「民主主義の基本は我が国古来の伝統であり、敗戦後に連合国から教えられたものではありません」と述べる。 何処をどのように質せばこんな解釈ができるのか。主権在民も立憲主義も何も分かっていないことを国会で自らバラす愚かさ。

 

 

 

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