2018年 年の暮

2018年が暮れてゆく。今年は平成という元号が終わる年の暮れでもあり、一つの時代が暮れゆくような感慨がある。現役を引退して公文書や行政文書に接する機会が減ってからは、元号というものを日常的に意識しなくなって久しい。元号による暦年の記載を求められると「今は何年でしたっけ?」と問い直すことが増えるこの頃である。

元号など廃止して西暦に統一してもよかろうと考えないでも無いが、内田樹氏がこんなことを書いていた。 『私は西暦と元号の併用という「不便」に耐えるくらいのことはしても罰は当たるまいという立場である。世の中には「話を簡単にすること」を端的に「よいこと」だと考える人が多いが、私はそれには与さない。「簡単にするにはあまりに複雑な話」も世の中にはある。それについては「複雑なものは複雑なまま取り扱う」という技術が必要である。』(引用終る)

なんでもかんでも合理化すれば良いというものでもないし、時代というものをザクッと取りまとめるのにも元号は重宝するものである。何よりも西暦はキリストの誕生日(数年違うという説もあるけれど)を起点とする暦である。B.CはBefore Christの略であり、A.DはAnno Domini(主の年)の略である。仏教徒や回教徒には《本来的に》無縁の暦である。

世界的に普遍化している西暦について、今更あげつらっても仕方ないことであり、神武神話起源の皇紀を復活させたり、ユダヤ暦やマホメット起源の回教徒暦に帰依するつもりも毛頭ない。

とはいえ、明治、大正、昭和、平成という時代区分には、祖父母の年代、父母の年代などというものが重なっている。墓碑や過去帳に記される我が家の歴史にも文化とか天保などという元号が認められる。元亀天正とか元禄とか文化文政などという元号には一つの時代の風を感じるものがある。

平成という時代区分が終わろうとしている。平成年間は1989年1月8日に始まり、2019年4月30日に終わる予定である。2001年というミレニアムをはさんで30年余りに及ぶ一つの年代である。

茫猿にしてからが、昭和19年に生まれ、昭和47年(学生期を終え家住期に入る頃)に不動産鑑定士となり、平成は45才から75才に及ぶ時間である。平成の前半は会長選挙に出馬するなど鑑定士としての壮年期(家住期)であり、後半は業を廃止し林住期に至る期間と重なる。遊行期を迎える我が次の時代は、どのような元号で語られることになるのであろうか。

つい最近に87歳の老人が軽自動車を運転して、自転車の81歳をはねたという事件があった。老々介護の時代は老々事故の時代でもある。来年は今乗る車の車検やタイヤ交換が予定されている。車検を受けるか買い換えるか悩ましい。家人は買い替えを指向しているけれど、いつまで乗るか、いいや乗れるかを考えれば悩ましいことである。

身近に病と闘う人たちが増えている。それらの人たちを見聞きするたびに、我が父母の見事な(息子が評するのは面映ゆいけれど)仕舞い様を思い出す。癌を告知されてから一生を終えるまで、慌てず騒がず愚痴ることもなく淡々と日々を送った母。こらえきれない痛みの日もあったろうに痛みを訴えることもなく静かに病床にいた母。つれあい亡き後、話し相手のいない寂しさに耐えかねる日もあっただろう父。でも静かに閑かに半年を過ごして、二、三日の病であっさりとつれあいの後を追った父。二人とも、とても見事な仕舞い振りだった。

暮れには孫娘二人がやって来る。遊び場になるよう、雑木林も畑も整えた。焚火の用意もしてあるし、八朔柑刈に餅つきもできるだろう。柿の木に手製のブランコも吊り下げた。正月のあいだは幼児のはしゃぐ声が満ちるだろう。

(左)柿の木に吊り下げたブランコ、(中)雑木林のなかに荒れていた石畳を久し振りにモルタルで補修した、(右)杉の根元に見かけた万両の赤い実。
    

明ければ二月の末には満75歳になる。75歳の自分なんて想像したこともなかったが、何事も無ければ着実に75歳を迎える、今と大して変わらない自分を明らかに想像できるのである。80歳の自分や確か不確かさえ判りもしない85歳の自分のことは、多少の恐怖というより怖れをもって今なら想像できる。つくづく、80のことは80にならなければ判りはしないのである。だから、正味の意味で80のことは判らないのである。

《2018/12/29 07:00追記》歳末寒波が列島に襲来している。100cmを超える雪にみまわれている豪雪地に比べれば愛嬌ほどの雪であるが、当地初雪である。昨日のうちに済ませておけばと思う歳末の買い物なのである。孫たちが夕刻にはやって来るから、買い出しに行かずばなるまいて。《2018/12/30追記》道路の雪がシャーベットになった12/29午後、魚豊へ年越しブリを買い出しに出かける。ブリの他にセル牡蠣、蛸、蒲鉾、数の子、伊達巻を買う。その後養老へ回り凍結している雪道を押して丸明まで行くが、入店制限する長蛇の列に飛騨牛は諦める。R258沿いのオークワへ回り飛騨牛と山形牛を買う。

山茶花の紅色も蝋梅の黄色も、雪の下に埋もれている。 この記事は通算3030号である。3000号から30を加えるのに半年を要した。

 

 

 

 

 

 

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