スリー・クオーター 75歳

今月は75歳になる。75間際になって、75歳とは何かと考える。まず後期高齢者と区分される正真正銘の老人なのである。すでに先月、後期高齢者被保険者証は届いている。五木寛之氏の云う学生期、家住期、林住期はすでに過ぎ去り、いまや遊行期なのである。

一世紀百年との対比においてスリー・クオーター(3/4)なのである。あと残すワンクオーターを満了したいとは、思わないし出来るとも思えない。ただいよいよ残りのクオーターに入ったと思うのみである。残されているであろう日々を如何に生き、如何に死するか。

2月17日  思い立って中村くんの墓参りをする。昨年は松田くんを府立医大病院に見舞ってから一人でお参りをした。河原町今出川下るの病院から、鴨川沿いに出町を抜け寺町を北上し鞍馬口まで歩いた。

今年は地下鉄鞍馬口駅付近の市場にある花屋で供花を買い求め、快復した松田くんとは天寧寺門前で待ち合わせ二人で墓前に立ち、『ご無沙汰』と挨拶する。穏やかな春の陽が降り掛かる中村くんの墓処は『やっとかめ』と彼が微笑んでいるようでした。お参りを済ませた二人は、ビジで昼食をとりながらあれやこれやと互いの近況を語り合う。

中村くんの見事な終活が話題になった。肺がんの告知を受けてから仕事(大阪の学園の制服製造販売)を手仕舞いし、店舗兼住宅のビルを売却し、ついの住処であるマンションを購入する一連のことを三年も掛け闘病しながら終えた。購入した新居に住まいしたのは半年もなかった。それを振り返って『後始末のできるガンも悪くない』と彼は言う。昨年、脳梗塞で亡くなった兄のことも脳裏にあったのだろうか。

《2011/08 ガン発症手術、2011/11/12 鄙宅来訪、2012/01 一年掛けての手仕舞開始、2012/04/20 二条城の御衣黄桜観桜、2013/04/16 鄙宅来訪、2013/08/25 脳梗塞発症し入院、2014/11 マンションへ転居、2015/06/28永眠》

天寧寺山門からはこの日も比叡山が望めた。境内はいつものとおり美しく整えられていた。 本堂前のしだれ桜は樹齢四十年〜五十年くらいか、一度は花の季節にお参りしたいと思いつつ、まだ果たせていない。一周忌の2016年をのぞけば、この三年は桜や紅葉の頃の雑踏を避け、暑い夏も寒い冬も避けて、春まだきの頃に訪れている。四月の桜か二月の河豚かと悩ましい選択だが、今のところ花よりフグである。

松田くんが「中村が居たらなあー」と詠嘆する。「お互いにもっと楽しい時間を過ごせただろうに」と言う。大きく同意。アイツは死んじまったけど、俺たちは生きている。そういうことだ。口にはしなかったが、「いつまで揃って元気でお参りできるか」という思いもあるのか、「来たら、必ず電話せいよ」と肩を叩かれ、彼とは錦で別れた。河豚アラが欲しくて錦市場の雑踏の中を”まる伊”を目指したが、無休のはずが休みだった。

たまには虎屋の羊羹を食べようと大丸地下で最中と羊羹を買って帰る。羊羹は季節物の雪紅梅、雛衣、紅梅の橋である。帰って仏壇にお供えをしながら「私は生前の両親に虎屋の羊羹を土産にしたことがあったろうかと」ふと思った。あったような気もするけれど、今となればどうでもよいことである。それに両親にしたところで、”虎屋の羊羹”を食わせていないからといって怨みに思うわけもない。私だって息子たちが食わせてくれないからといって「あーだこーだ」と思うものでもない。

さて、来るであろう日々を数えても寄る辺ないことであるが、それでも四月には共に半世紀を無事に過ごせた祝いにと、同伴者の希望で長崎・平戸九十九島へ向かう予定である。正しく半世紀は2020年秋のことであるが、一年も先のことなど判りもしない身であれば、楽しみは早い方が良かろう”思い立ったが吉日”と考えてのことである。二人で旅程表を眺めながら、「旅は出る前が楽しみ、旅を楽しみ、帰ってからまた楽しむ」と言っている。旅に出る前には彼女の選んだ新車も届けられることであろう。

75歳スリークオーターと記事を書き出したが、次は77歳喜寿、そして80歳傘寿、88歳米寿、90歳卒寿、99歳白寿、100歳百寿、108歳茶寿、111歳皇寿、120歳大還暦と続くのである。母親は卒寿を目前にして逝き、父親は白寿に年余を残して逝った。米寿、卒寿の己の姿など想像もできないが、己が手で日々の暮らしを賄えなくなる前にさっさと手仕舞いしたいと願っているが、これが一番難しい。

2018年厚生労働省統計で男性の平均寿命は81.09歳であるが、同じく健康寿命は72.14歳なのであり、その差は9歳に及ぶのであり、茫猿は既に平均健康寿命を超えてしまっている。因みに女性の平均寿命は87.14歳に対し、健康寿命は74.79歳だった。平均値は平均値なのであり、統計的に言えば中央値や最小値最大値など様々な結果が導かれるものである。なお健康寿命とは「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」と定義されている。平たく言えば「介護を受けることなく、己が手で日々の暮らしを賄えている期間」と言えよう。

ところで、林住期、遊行期でGoogle検索をかけたら、ヒットするコラムは一つを除いて数年前から、中には十年も前から更新が途絶えている。つまり、遊行期に入って更新を中断させた心境変化、病変、なかには遊行しつつ旅に病んだ方もいるのであろうと推察できるのである。

思えば三千号を数えた「鄙からの発信」であるが、続けられるあいだは続けてゆこうと考えるようになっている。今や数少くなった読者への我が生存証明であり、折々のご挨拶なのだと考えている。

(注)五木寛之氏が紹介する古代インドの人生哲学である。25歳区切りで「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」に分ける考え方である。「学ぶ時期」「家業と子育てに精出す時期」「隠居して長閑に生きる時期」「全てを捨て超越の心で仙境に生きる時期」とでもいおうか。

 

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