令和の背後に意味するもの

新元号「令和」の背景と云うか背後を改めて考えさせられる文章に出会った。「”令和”から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ(品田悦一)」である。新元号「令和」の典拠が「万葉集 巻五 梅花歌32首の序」(730年頃)にあり、それは文選に収められる後漢の詩人張衡(78~139)の「帰田賦」を参照とする。そう理解していた。

しかし、品田悦一氏によれば「しかじかのテキストが他のテキストと相互に参照されて、奥行きのある意味を発生させる関係が注目される。万葉集の「梅花歌」序は種々の漢詩文を引き込んで成り立っているが、もっとも重要かつ明確な先行テキストとして書聖・王羲之の「蘭亭集序」(353年)の名が早くから挙げられる。」と述べる。
「”令和”から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ」

品田氏は「およそテキストというものは、全体の理解と部分の理解とが相互に依存し合う性質を持ちます。一句だけ切り出してもまともな解釈はできないということです。この場合のテキストは、最低限、序文の全体と上記32首の短歌を含むと云い 、「梅花歌・序」および32首の歌からその背後に意味するものを次のように読み解いてみせる。

後世の人々に訴えたい。どうか私(大伴旅人)の無念をこの歌群の行間から読み取って欲しい。長屋王を亡き者(729年)にした彼らの所業が私にはどうしても許せない。権力を笠に着た者どものあの横暴は、許せないどころか、片時も忘れることができない。だが、もはやどうしようもない。私は年を取り過ぎてしまった……。

これが、令和の代の人々に向けて発せられた大伴旅人のメッセージなのです。テキスト全体の底に権力者への嫌悪と敵愾心が潜められている。断わっておきますが、一部の字句を切り出しても全体がついて回ります。つまり「令和」の文字面は、テキスト全体を背負うことで安倍総理たちを痛烈に皮肉っている格好なのです。

もう一つ断わっておきますが、「命名者にそんな意図はない」という言い分は通りません。テキストというものはその性質上、作成者の意図しなかった情報を発生させることがままあるからです。

安倍総理ら政府関係者は次の三点を認識すべきでしょう。一つは、新年号「令和」が〈権力者の横暴を許さないし、忘れない〉というメッセージを自分たちに突き付けてくること。二つめは、この運動は『万葉集』がこの世に存在する限り決して収まらないこと。もう一つは、よりによってこんなテキストを新年号の典拠に選んでしまった自分たちはいとも迂闊であって、人の上に立つ資格うかつなどないということです(「迂闊」が読めないと困るのでルビを振りました)。

詳しくは「”令和”から浮かび上がる大伴旅人のメッセージ」全文三頁をお読みいただきたいが、とても痛快である、一刀両断ともいえる文章であり、これぞ学識経験者なのである。品田氏は次の二つの歌に込められた寓意を解いてみせる。
・雲に飛ぶ 薬食むよは 都見ば 賤しきあが身 またをちぬべし(太宰師・大伴旅人)
・あをによし 寧楽の都は 咲く花の にほふが如く 今盛りなり(大宰少弐・小野老)

万葉集は東国の農民や防人の作った歌も編み込まれている国民歌集と云う理解も、”凡そ浅薄”なものと退けている。それらの歌々は、古代の「庶民」の生活からおのずと生み出されたものではない。それらは定型の短歌・旋頭歌・長歌であって、当時の貴族たちが作っていたのと同一の形式のものになる。定型短歌を標準的歌体として保持していた貴族たちとの、なんらかの接点がそこには存在したと見なくてはならない。

つまり当時の庶民が作歌したのではなく、また出来るわけもない。それらは郡司など地方役人と地方へ赴任した官人たちとの合作による、擬似的な「東国の歌」であり、王権による在地文化掌握の志向の産物だったと考えられると云う。

そこまで分析しなくとも、1200年前の日本人識字率を考えてみれば「国民歌集などと云う理解が如何に浅薄なもの」か自明のことであろう。当時の日本は漢字が伝来したばかりで仮名文字は未だ未成立である。清少納言や紫式部が仮名文字を駆使して活躍する平安時代は、さらに250年も後のことである。

品田悦一氏は新元号選定者として指名された有識者ではない。しかし指名された漢籍や国書に堪能な有識者が「万葉集 巻五 梅花歌32首の序」は「文選、張衡・帰田賦」や王羲之の「蘭亭集序」を典拠とすることを知らなかった訳は無かろう。また品田氏の云う「テキストが他のテキストと相互に参照されて、奥行きのある意味を発生させる関係」というものを理解していなかったとも考え難い。

リベラルアーツ(教養)と云うものは、テキストとテキストが相互に参照され関連しあう関係を理解の根底に置くことを要求しているものであり、そうでなければ和歌も俳句も字面だけの理解に終わってしまう。時にはおよそ理解不能なものになる。

そのように『令和』と云う新元号の背景を考えてみるとき、この元号を選定した有識者たちが後世に遺すメッセージと云うか「かきおき」とも云うべきものの重さが窺い知れる。「令和」と云う元号が「ダモクレスの剣」の故事の如く権力者を戒めるものとなるのであれば、この新元号はまたとない優れた賢い元号なのであろう。

「月令しく(麗しく)、風和む(なごむ)」と云う字面だけに留まる浅い理解では、見えるべきものも見るべきものも見えて来ないと識るべしである。

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