死は優しくて、美しい 《2/4》

『負けいくさにかける(91):福井達雨』(冊子止揚より転載:全4部のうちその2)
 ※本稿は止揚学園のご好意により、冊子止揚連載の記事を転載するものです。
 ※本稿を転載等ご利用されたい場合は、止揚学園:渋谷様までご連絡下さい。
 ※止揚学園 電話0748-42-0635 Fax0748-42-0806 止揚編集:渋谷
《死は優しくて、美しい》
 病室を去る時、小池さんは「さようなら」と言って弱々しく手を振りました。私たちが廊下に出ても、手を振り続けている姿が窓から見えました。この時が小池さんと私のこの世の別れになり、それから数時間して八十歳で天上に旅立ちました。


 いつも強がり(自分のすることは何でも正しい)と信じ続けていた小池さんが、自分の死を感じて (人間ではどうしてもできないことがある。人間は弱いものだ)と自分の弱さを知った時、素直な心が生まれて「ありがとう」という言葉が出たのだと思いました。そして、(人間が自分の弱さを知り、それを認めて、大切にするようになった時、その素直さや優しい心が生まれるんやなあ。弱いことって素敵なことなんやなあ)とシミジミと小池さんの死に出会って気付かされました。
 私は若い時、死は何となく忌わしく、恐ろしく、死者の顔をジッと見ることができませんでした。しかし、この頃(死は優しく、美しいもんやなあ)と思うようになりました。 死は人の影の部分を流し、自分の悪も、その死者に関わった人の悪も、総ての悪を許していきます。死は肉体から生命を奪います。 しかし、そこから再び、新な生命が生まれ、思い出という美しいものが育ってきます。そして、私たちに活き活きと歩んでいく力を与えてくれます。死は終わりではなく、始まりなのです。
 知能に重い障害を持った仲間たちは両親の死に出会っても、涙を見せることはほとんどありません。
 或る時、母親の死に出会ったまり子さんがニコニコしているので、私はたまらない思いになり、尋ねました。
 「お母さんが天上に召されたのに悲しいことあらへんの」
 「あらへん」とまり子さんが答えました。
 「何であらへんのや」  
 「お母さん、イエスさまの側に行かはったもん。嬉しい」
 私はその言葉に深い感動を持ちました。 まり子さんは母親の死を終わりや別れとは考えず、神さまの側に行く通過点と捉えて、(私もいつかはお母さんが旅立っていったイエスさまの側に行くから。それまで待っててね)とそんな明るい思いを持っていることを知りました。そして、(こんな考え方を持つことができたら、死は暗く、悲しいことではなくて、心が晴れやかになることなんや)とホノ
ボノとしたことを思い出します。
 死に出会って、ニコニコしているまり子さんたちを、多くの人は 「知能に重い障害を持っているので、何も分からないのだ。可哀相に」と言いますが、それはこの人たちを理解していないのです。この人たちは私たちよりも、もっと鋭い感性と共に、素晴らしい死生観を持っているのです。
 止揚学園に入園している仲間たちは十歳ぐらいで私たちと共に歩み始め、途中退園も少なくて、今は六十歳を過ぎる仲間もいます。そのために、その両親たちの高齢化が進み、天上に旅立つ人たちも増えてきました。入園している三十七人の仲間の中で、親を亡くしたのは十九人です。
 この仲間たちは休暇が始まると、帰る家がなくて、止揚学園で過ごすことになります。やはり寂しそうです。その姿を見て、(少しでもその寂しさが解消できたら)と仲間の保母さんたちが休暇を利用して、自分の家に連れて帰ったり、あちらこちらに連れて行ったりしてくれています。彼女たちの行動を見ながら、私は(入園している仲間たちが伸び伸びと生活しているのは、この保母さんたちの
優しい心が伝わっているからや。この心が止揚学園の宝やなあ)とこの仲間たちと生活しいる喜びを一杯に感じています。
 止揚学園は今、国が進めている合理的で、市場主義優先のお金を中心にした福祉企業ではなく、心を大切にする福祉の場を理想にして歩んでいます。その基になって、仲間の職員たちが福祉の場を守り、そして、私を支えてくれているのです。
 先日、入園している仲間の三田さんが母親を天上に送りました。この母親は止揚学園の近くの病院に末期癌で入院していたので、三田さんと私たちはほとんど毎日、母親の病室を訪ねました。
 亡くなる少し前、母親が病室にいた三田さんを自分のベッドの側に呼び、「あなたはすぐにのぼせて、有頂天になるから、謙虚になりなさい。そして、止揚学園があなたの家だから、これからは福井先生をお父さんと思って、何でも相談しなさい。お母さんはいつもあなたの側にいますから」と静かに言い聞かせました。  《3/4へ続く》

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