只管打座の日々」カテゴリーアーカイブ

終わりの始まり

本日は73回目の誕生日である。特段の感慨もなければ出来事も無い73回目である。先号記事にちなんでいえば、また一つ終わりが始まる日であるし”冥土の一里塚”でもある。FaceB00kに誕生日を公開していないから、数日前に配達 […]Continue reading «終わりの始まり»

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始まりと終わり

先号で「とっくの昔に旬を過ぎたサイトが今更なにをという思いが離れない。老いた「鄙からの発信」はフェードアウトするに如かずと決めてからでも既に数年余りが過ぎている。」と記したら、読んでますとか楽しみにしていますなどというメ […]Continue reading «始まりと終わり»

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代悲白頭翁をよむ

大学入試センター試験初日の今日、全国的に雪模様の予報は当地でははずれた。朝方は小雪が舞っていたけれど今は《2017/01/14  08:30》晴れ間がのぞいている。とはいえ北陸など日本海側では豪雪模様のようである。毎冬、 […]Continue reading «代悲白頭翁をよむ»

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今日の蠟梅

日本一様に寒波襲来である。今朝の養老山脈は薄く雪化粧していたし、伊吹山は厚い雪雲のなかだった。2017年もすでに旬日が過ぎた。身の回りに思い煩うというほどではないが、なにかと考えさせられることの種は今年も尽きない。Continue reading «今日の蠟梅»

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2017・丁酉年に春風献上

2017年1月1日である。昨日に変わらぬ今日ではあるが、年あらたまれば想いまた新しということなのであろう。吉屋信子の「初暦 知らぬ月日の 美しく」という句を引用して年頭のご挨拶を掲載したのは2000年のことでした。 それ […]Continue reading «2017・丁酉年に春風献上»

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絵葉書と切手

茫猿は到来物の御礼、世話になった御礼、御馳走になった御礼には絵葉書を使う、電話やMailは使わない。電話は留守だと再度の架電を忘れてそのままになる場合がある。Mailは埋没して見過ごされることがある。だからアナログ的な手 […]Continue reading «絵葉書と切手»

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白鬚神社縁起

今年11月から来年10月にかけては、四年に一度巡ってくる集落の氏神様祭典係当番にあたっている。 氏神は白髭《シラヒゲ》神社と云う。神社は1903年の大榑川締切りにより廃堤となった旧大榑川堤防跡《堤防小段》に鎮座している。 […]Continue reading «白鬚神社縁起»

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総理の軽さと日本の軽さ

米国大統領選挙にトランプ候補が勝利したのは11月09日、安倍総理がニューヨークのトランプ氏私邸で世界のトップをきってトランプ大統領予定者と会談したのは、選挙の余韻も醒めやらぬ11月17日である。これをどのように評価するか […]Continue reading «総理の軽さと日本の軽さ»

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今しかないのだから

つくづくと便利な世の中になったものだと思わされる。孫娘のことである。祖父母は鄙里に住い、孫娘親子は東京に住んでいる。年に何度か孫たちは帰省して成長した姿を見せてくれるが、日々の生活の様を見ることはかなわない。Continue reading «今しかないのだから»

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秋愁・秋霖

長雨の九月が終わっても長雨の季節が続いている。秋雨前線活発とも秋霖ともいう。この秋の長雨は異常とも云えるもので、日照時間が平年の三割程度と云われている。長雨で野良仕事が出来ないからモニターに向かう時間が増えているのだけれ […]Continue reading «秋愁・秋霖»

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