花の前

標題にいう花は桜である。「鄙からの発信」が我が茅屋の山桜を”鄙桜”と名付けて記事に登場させるようになって、此の春は八度目である。それ以前にも茅屋の桜を記事にすることはあったが、朝早く家を出て夜遅く帰る日々であり、日曜もろくに家に居なかったから、桜に目を留めることは少なかった。桜も今よりは若木だったことも影響していただろう。茅屋の山桜とか茫猿桜とか鄙の山桜などといっていた呼称を”鄙桜”と呼ぶようになったのは2010/03のことである。

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木の芽起こし

春分は過ぎたといえ、今朝は三寒四温のうち、三寒・雨の日である。暑さ寒さも彼岸までと云うが、冷たい今朝の雨は木の芽起こしの雨なのであろう。

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気塞せりなことばかり

桜の前はなにかと気伏せりなことが多い。巣立ち旅立ちの時季なのに、季節は三寒四温と行きつ戻りつして、思わせぶりなことである。世相も気伏りなことばかりである。PKO派遣自衛隊の現地日報隠し、戦闘行為の武力衝突へ言い換え、国有地の格安払下げ、教育勅語暗唱幼児教育、背後に見え隠れする日本会議などなど 世に気伏せりの種は尽きない。

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花の季節・梅は半ばが佳し

冬の花 山茶花が終わり、早春の花 スイセンも盛りを過ぎ、ロウバイも紅梅も散った。そして、いよいよ花爛漫の季節到来である。白梅は今を極みと香り、寒緋桜が開き始めた。《他にも、マンサク、トサミズキ、サンシュユ、ヤブツバキなど》

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跡まで見る人あり

昨秋に届いていた枕草子・方丈記・徒然草を、ようやくにしてほぼ読み終えた。枕も方丈も面白いが、徒然草がやはり面白い。なぜ面白いのだろうかと考えていて、ふと思いついた。

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墓参、伊吹、河豚ちり

先月末に思い立って友の墓参りに行ってきた。お彼岸の頃か、彼の眠る境内の枝垂れ桜が満開の頃が好ましいと考えはした。だけどその頃は観光客で街がとても混雑するだろうと思えば、入学試験が終わり閑散としている今が友を偲ぶには佳い時季だろうと思ったのである。

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終わりの始まり

本日は73回目の誕生日である。特段の感慨もなければ出来事も無い73回目である。先号記事にちなんでいえば、また一つ終わりが始まる日であるし”冥土の一里塚”でもある。FaceB00kに誕生日を公開していないから、数日前に配達された保険会社の祝い葉書を除けばメッセージ一つ届かない。それなりに華やぎのあった頃の二月は、14日にチョコレートも届いたし一週間後にはメーセージや多少のお祝いもあったことを思えば《大袈裟だけど》隔世の感がある。

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始まりと終わり

先号で「とっくの昔に旬を過ぎたサイトが今更なにをという思いが離れない。老いた「鄙からの発信」はフェードアウトするに如かずと決めてからでも既に数年余りが過ぎている。」と記したら、読んでますとか楽しみにしていますなどというメッセージが幾つか届いた。サイト訪問者数は少なくなっていても、まだ読まれているのだと知らされれば嬉しいし心強いことである。

この頃は「始まりと終わり」に興味がある。始まりと終わりの一つは宇宙である。もう一つは誰にでもある生と死である。何日か前の深夜にNHK:BSで「コズミック フロント「村山斉の宇宙をめぐる大冒険 宇宙に終わりは?」を見ていた。引き続いて、「ヒッグス粒子」の発見までの舞台裏を追ったドキュメンタリー映画「パーティクル・フィーバー」を見た。内容のほとんどを詳しく理解できないけれど、壮大な物語であることだけは判るのである。

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2/11・雪・鵯

気づけば前回の更新から半月が過ぎた。季節はまだ冬のさなかだが、まわりを見回せば春の兆しは其処此処に見つけられる。マンサクの芽も寒緋桜の蕾も膨らみを見せている。一ヶ月もすれば花咲う《わらう》季節が巡ってくるであろうから、畑では種蒔きや植付けの準備を始めつつある。

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爺婆同窓会から高野病院を考える

先日、高校の同級生が集まる新年会があった。法要や家族での外食を除けば今年始めての外呑み機会だったが、家人のご機嫌が悪くて送迎は期待できず、ハンドルを握って参加したからノンアルコール宴会だった。《往復タクシー利用では参加費をはるかに上回ってしまう鄙暮らしなのである。》 素面だったから幾つかの会話を記憶しているのである。

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