塾・五月講義の概要

 一昨日(08/05/30)、第三回「塾・鄙からの発信」を開催しました。今回は日頃から「金融理論の不動産鑑定への応用」を提唱されておられる堀田勝己氏を講師にお招きし、鑑定評価と統計学をテーマに統計学の基礎編を講義頂きました。


 鑑定評価にパソコンが導入されて久しいのですが、その利用の実態は地価公示や地価調査の業務支援ソフトを用いることなど、鑑定評価支援ソフトを利用した評価作業に止まっているのが現状であり、有り体に云えば、ワープロと電卓の融合に止まっているといって差し支えない状況にあるます。
 もちろん取引事例悉皆調査やREA-NETなどネットワーク利用あるいはiNetやメールなど、さらに広汎な利用も進みつつありますが、パソコン本来のファイル機能や計算機能を駆使したデータ解析を基礎とする鑑定評価及びその付随業務や業際分野の充実が進んでいるとは言い難い状況ともいえます。
 鑑定評価の定義は様々にできますが、一つの考え方として、「鑑定評価とは不動産に関わる情報を収集し、処理解析した結果を依頼者に提供して報酬を頂く業務」と云うこともできようと考えます。07年度より全国的に展開されている取引事例悉皆調査に関しましても未だ事例資料作成に止まっている段階にあるといえますが、そこで収集・デジタルファイル化された膨大なデータが有効に活用されているとはまだまだいえません。
 堀田氏のレジュメから引用すれば、氏は斯様にいわれます。

 不動産鑑定は情報産業であると、私は認識している。必要なことは、多数の情報を集め、処理し、そこから何を読みとり、結果としての数字に表すことである。 情報収集に関しては、すべてのバイアスを排して、とにかくまず集めてみなければならない。
 我々に求められているのは、不動産に関するデータベースの構築と、その分析手法の高度化、広汎な問題解決能力、適切な投資アドバイスなのであろう。(当日のレジュメより抜粋引用、文責筆者)

 さらに鑑定評価と統計学に関しては次のように述べられる。

 統計学とは大量のデータのなかに存在する法則性を扱う分析手法であり、すべての統計的現象は確率分布するものである。 ある現象のすべての観測値の集合を母集団といい、その母集団から一部分をとりだしたものを標本という。母集団から数件取り出した取引事例が「標本」であり、数件の標本を抽出して母集団を推定する作業が「現今の評価」といってもよかろう。
 今求められるのは母集団を分析して、中央値、最頻度、平均値、分散、標準偏差などを解析することであり、さらに相関分析や多変量解析に進むことであろう。地域分析や市場分析に関してクラスター分析(グループ化・クラスタリング)などを行い、評価結果についてより充実した説得力を持たせることが待たれるのである。(堀田氏の講義を聴いた茫猿のメモ書きより。文責筆者)

 堂守の浅薄な理解で確率分布とは何かといえば、すべての事象観測値はある確率をもって分布(発生すると)するといえる。例えば、1個のサイコロの出目の確率は1/6であり、2個のサイコロを振った場合は1/36であるということである。同様に、宝くじの当選確率、航空事故に遭遇する確率などである。
 ところが、一定のエリアにおける一定の期間内における不動産取引の発生確率は複雑になるし、その取引の単位あたり価格(事例の取引単価)の出現確率はさらに複雑になる。悉皆調査(新スキーム取引事例調査)に関していえば、観測値(三次データ)における価格とその属性(例えば道路幅員)との確率分布から相関係数が導き出せれば、その相関係数を用いて次の発生値の価格が推理予測できるわけである。
 ところで、統計観測値といえども全ての発生事象を確認することは不可能である。悉皆調査においても得られる(回収されるアンケート結果:三次データ母集団)観測値は発生件数全体の三割程度である。残りがいわば暗数(把握できない取引結果)なのであるが、この暗数についての推測が重要であると同時に、解析者の恣意や能力に左右されることとなる。であればこそ、恣意や解析能力を修正したり補ったりするものとして、一次データ(価格属性データを持たない初期値としての全数:一次データ母集団)の重要性が指摘できるのである。別の表現をすれば、一次データを基礎とする統計的解析を基盤としたうえで、三次データ解析を行えばより有効なものになるであろうと云えるのである。
 不動産鑑定評価を含めて社会科学分野でも統計学や統計解析アプローチは、とても重要なツールである。同時に統計学が確率という把握が難しい概念を扱うことから、その解析結果は機能的にも演繹的にも解析者の恣意や能力に左右される危険性が指摘できる。マスコミや政治の世界で、時に行政の世界でも、意図的にバイアスがかけられた統計解析結果が公表されることがある。犯罪の発生件数の時系列分析で戦後六十年を期間とするか、最近十年を期間とするかで趨勢が変わることもよく知られている現象である。地価についても同様であり、観測値を収集する期間設定如何で地価は下落一方の基調にあるのか、上昇と下落を繰り返しているのかに分かれるのである。
 別の視点からいえば、絶対値と相対値の意図的混同もよく利用される。銀座の地価は十万円上がり柳ヶ瀬の地価は十万円下がったという時に、前年価格対比では銀座は1%上がり、柳ヶ瀬は10%下がったという場合の印象差の利用である。
 話は転じるが、地球温暖化現象においても、観測期間をどのように設定するかによって観測値の推移動向は変わるのである。また炭酸ガス濃度の上昇が温暖化を招くのか、温暖化が炭酸ガス濃度を上昇させるのか、両者の因果関係は未確認といってよいのである。それでも温暖化対策を無視すればよいということにはならないが、バイアスの存在は常に意識していなければならないと云えるのである。
(以上の確率分布関連記述は学術的観点からすれば、誤りがあるかもしれません。識者のご教示をお待ちします。)
 難解な数式が氾濫するという講義ではなく、随所に辛口のユーモアをまじえながら、塾生の質問にも随時丁寧に答えながらの講義でした。それでも専門用語の使用は避けられず、「六十余の手習い」を志す身には楽ではない三時間余でした。鄙の堂守にとっては眠気と戦いながらの受講でしたが、同時に年来の疑問が一つずつ解けてゆく知的愉悦も味わえるひとときでもございました。
 大講堂での一方通行的講義ではなく、マイク無し、膝を交えながらに等しい、少人数(当日の参加者は十数名)でのセミナーは、塾の醍醐味ともいえる時間でした。堀田氏のご好意により、この記憶が醒めやらない内に、次回六月塾では応用編を講義して頂けることとなりました。どのような実践手法を教えて頂けるか、今からとても楽しみです。そして堂守がかねてより提唱する「悉皆調査とネットワークの充実」に向けて、また一歩近づけたと思います。
 講師・堀田勝己氏の主宰サイト
WWW.KANTEISHI.NET
 主宰者によれば、「このサイトは、地価問題あるいは鑑定評価に関して私が日頃考えていること、疑問に思っていること、触発された論文や研究成果等とそれに対する私の見解を展開する広場であり、学問としての鑑定理論の深化にわずかなりとも貢献することを目指しています。 」とある。
 アクセスログの多さもさることながら、コンテンツが素晴らしく充実する著名なサイトである。今回の講義との関連するエントリーには次のものがある。
01 金利変動と資産価格
02 資本構成と投資価値
03 地価はランダムウォークするか
04 ダイナミックDCF法
05 不動産金融工学 事始め
06 最小二乗法と単回帰分析
07 CAPM理論の応用による不動産利回りの査定
08 リアルオプションアプローチは不動産鑑定評価と整合的であるか
09 改正不動産鑑定評価基準に準拠した利回りの算定方法
10 不動産投資インデックスの活用による割引率の算定
11 リスクを分母に乗せるか分子で考慮するか
12 動的DCF法の鑑定実務適用への課題
K氏の葡萄酒的日常
 畏友A.T氏によれば、「好漢惜しむらくは呑みすぎを案じる」という。知る人ぞ知るワイン通の氏が、蘊蓄の全てを傾けるサイトです。サイトのメインカテゴリー:利酒日記に時折掲載される「時事ネタコラム」はお酒を嗜まない方も必見です。
江坂タウンガイド
 氏がこよなく愛するHome Townであり、かつ大阪府吹田市を代表する繁華街であり、都会と郊外が絶妙にクロスオーバーするハイブリッドな街「江坂」を紹介するサイトです。おしゃれなH氏の人となりが伺えるサイトでもあります。
 講義終了後は、近くのレストランにて、ワインと岐阜名物の味噌カツを味わいながら、講義にも増して素晴らしい時間を過ごしました。鄙の堂守が塾を続ける「最大にして最高の楽しみ」が、この講義後の談論にあります。県外からの参加者も含めて、夜半まで呑み、そして語りあう、いつもながらの交流交歓の場をもてたことが、とても嬉しく有り難く感じられたことです。

「追伸」
 A.T様、K.S様、T.R様、K.A様、A.N様、他多くの方々からの支援カンパ有り難うございました。引き続きのご支援とご参加をお願いしつつ、皆様の友情にお礼申し上げます。参加は自由意志であり、認定単位一つも付かないささやかな塾ですが、小さな灯でも続けてゆくことで何かが生まれてくれば佳いと願うものです。 それから蛇足ではございますが、JR岐阜駅前に会場を設けておりますのは遠方からの参加者の便宜を考えてのことです。JR沿線にお住まいの方のさらに多くのご参加を、堂守はお待ちしております。一度、顔を出してみて、どんな雰囲気なのか味わってみられては如何でしょうか。

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塾・五月講義の概要 への1件のフィードバック

  1. K.A のコメント:

    「鄙から」を検索しましたが、掲載されていないようでしたので、ご存知かもしれませんが、ご検討御願いいたします。 「地理空間情報活用推進基本法」2007/8/29施行

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