只管打座の日々」カテゴリーアーカイブ

戦争を知る世代

昭和17年から昭和20年までの、最後の戦前生まれ世代は今や七十代半ばである。それ以前の戦争を知る世代が少なくなってきた今は、最後の戦争世代とも云える。現実に戦争は何も知らない世代だけれど、父親や叔父や時には兄が出征してお […]Continue reading «戦争を知る世代»

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山法師咲く朝に

現役を退いてから十年、生活習慣は以前から朝型ではあったが、消灯時間午後九時の入院生活はさらに朝型に変えてしまった。朝は四時前に起床し、顔を洗いコップ一杯の水を飲み焙じ茶を喫する。水を飲むのは大腸の蠕動運動を促すためである […]Continue reading «山法師咲く朝に»

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「お伝えします」

我が病症については、SNSでも「鄙からの発信」に於いても何も伝えずにおこうと一度は考えた。しかしながら、SNSでは沈黙が当然のことであるにしても、「鄙からの発信」では備忘録としても記述するべきと考えた。最近は読者数も減っ […]Continue reading «「お伝えします」»

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退院その後

04/21よりほぼ二週間の入院を経て、05/03に退院後の経過を記しておく。後と云うには間を置かないものではあるが、これも記録である。後遺症で記憶が薄れたり途切れたりするやも知れず、その確認の意味も含めている。Continue reading «退院その後»

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鄙里は緑なりき-2

04/25(水)入院して五日目になる。いささか退屈になってきたと云うことは、回復の兆しが見えてきたと云うことだろうが、まだ口は回らないし水はストローがないと上手く飲めない。Continue reading «鄙里は緑なりき-2»

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鄙里は緑なりき-1

近頃は友の病気見舞いを記事にすることも多く、いつかは我が身にもと云うよりも、我が身に訪れる時が日ごと夜ごとに近づきつつある予感がしていたのである。2018/04/12 大阪造幣局・桜の通り抜けに行った折のこと、不動産鑑定 […]Continue reading «鄙里は緑なりき-1»

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日本地図のもう一つの見方

視点を変えて見る重要さを知ると云う意味で、日本地図の角度を変えることを勧めてみたい。角度を変えて日本地図を眺め直してみると、全く違った景色が見えてくる。Continue reading «日本地図のもう一つの見方»

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桜の下、土木工事に勤しむ

鄙里の敷地内の宅地部分に降る雨水を川に流す排水溝が目詰まりしたようである。今年になってから多量の雨が降ると排水が滞り、時に溢れるようになった。調べてみると河川排出部分に埋設してある土管が不等沈下して接続部分に隙間ができ、 […]Continue reading «桜の下、土木工事に勤しむ»

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桜桃

新聞もテレビも「森友問題・決裁書類改竄」問題で騒いでいる。特にワイドショーは、誰がなんの意図で改竄または書き換えたかを話題にしている。この追求は問題の矮小化を生み出している。 ことの根幹は、国有地の廉価払い下げ問題なのだ […]Continue reading «桜桃»

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寒緋桜開花

三寒四温というが、三日ほど肌寒い雨の日が続いたあと、今日からしばらくは暖かい春の日が続くようである。雨上がりの畑を見回ってきたら、我が鄙里の桜の先がけである寒緋桜が開花していた。桜の季節到来である。 明日は3.11 東北 […]Continue reading «寒緋桜開花»

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