鑑定協会は今 -1-

1965年(社)日本不動産鑑定協会が設立されて以来30余年、その間若干の起伏はあったものの、基本的に“右肩上がりの地価”に支えられて、発展し組織を拡充してきた鑑定協会は今、“ポスト右肩上がりの時代”に入り、パラダイム(思考の枠組)の転換が求められているのではなかろうか。いや、我々を取り巻く社会のパラダイムはとっくの昔に転換しているのに、我々鑑定士だけが古いパラダイムにしがみついているのではなかろうか。


鑑定協会の今日を築いたのは、いわゆる大手と称される日本不動産研究所、信託銀行各行、上場不動産会社各社及びそこに所属する鑑定士並びにOBを含む諸先輩に拠るところが大であり、我々は敬意をもって感謝こそすれ、敵愾心や対抗心を持つ意味もないし持つ必要もない。しかし、パラダイムは変わったのである。鑑定協会はピラミッドスタイルでなくフラットな組織で、一極集中・ツリータイプの情報の流れでなく、多対多のネットワークに支えられて、個々の鑑定士が鑑定評価を遂行できる組織に変換しなければならない。
私は鑑定協会が抱える問題の多くは、都市圏固有の問題と地方圏固有の問題、或いは大組織に所属する鑑定士に固有の問題と個人事務所に所属する鑑定士に固有の問題とに分別できるのではないかと考える。最近では地方はいわゆる公的評価に業務が偏重する傾向にあり、都市圏は不良債権担保不動産の処理に奔走する傾向がある。大組織に所属する鑑定士にとっては、この不況の中、企業の業務全体に占める鑑定評価のウエイトの小ささが悩みの種であろうし、一種の孤立感の発生源にもなりかねない。
個人事務所にとっては、先行きの不透明感は鑑定評価そのものに対する逼塞感を誘導しかねないものである。このように考えてみると、都市圏も地方圏も、いわゆる大手も小手も鑑定士個人にとって抱える問題は相違点より相似点の方が多いのではなかろうか。一見すると対立軸にみえるものも、鑑定士個人として少しばかりロングスパンで眺めてみると、お互いに鑑定業界という同じ船に乗り合わせていることに気づかされるのである。問題は個人としての鑑定士が孤立することをいかに避けるかであり、個々の鑑定士が個人としてネットワークに参加し、多対多のクロスオーバー型ネットワークに支えられることにより、自己の存在意義を見いだすことに解決策があるのではなかろうか。
そうでなくとも、他の資格職業と異なって、鮮度が高く質量に優れた資料を基礎にしない限り優れた鑑定評価もカウンセリングもコンサルタントもできないという、業種としての特性を内在させている職業である。個人は勿論、大手といえども単独で多様且つ豊富な資料を収集することは、費用的にも時間的にもとても叶わないのが現実である。協同作業によって得た資料収集の成果とそのネットワークに支えられなければ、鑑定評価業務が一日もこなし得ないのが現実ではなかろうか。
-続く-

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