春風にのって一通の転勤通知が舞い込んだ。正確には転勤ではなく転職通知である。もう十年以上も前に、鑑定協会の某専門委員会で席を並べることがあり、DCFとか金融工学とかPCリテラシーについて語る彼の鋭敏さに舌を巻いた記憶がある。
その後もお会いすることが一、二度あったが、彼(A氏)は鑑定業界から少し離れた業界のカタカナ名前役職に転じていったから最近は年賀状だけのお付き合いとなっていた。 このたびは茫猿もよく眼にするカタカナ名前のさる企業のDivision・VicePresidentに転じたA氏のキャリアアップに敬意を表しお祝いするものである。
同時にA氏に限らず、有能な不動産鑑定士ライセンスホルダーが鑑定業界から離れてゆくのを見るのはとても寂しい気がする。鑑定士というライセンスがキャリアアップの一つの手段であればまだしも、特に大きな意味を持っているようにみえないとなればなおさらである。
本来、不動産鑑定士はそれほど華やかな職業ではない。どちらかといえば地味系であろう。田舎で小さな事務所を主宰していると、ガテン系のウエイトが高いと思えてくるし、後輩にもそう伝え自分としてもそう思いこんでいる節もある。
それでもやはり、汐留サイトとかヒルズタワーとか、およそ鑑定専業事務所では縁遠そうに思える場所の職場に転職してゆく有能なライセンスホルダーを見送ると「拍手&溜息」なのである。
以前に記事にした記憶があるが、「鑑定士の年収」などといいう予備校系の惹句につられた人ばかりが資格取得を目指すのも歓迎できないが、志ある資格者が他業界へ転出してゆくのも寂しいことである。
先日も開業間がない後輩と話していたのだが、あまり明るい話にはならなかった。「先輩の皆さんが何を考えているのか、斯界をどんな方向にリードしようとするのかが見えてこない。」といい、「自分自身の将来設計もとても不安だ。」という。
今年度の協会選挙に少なからぬ候補者が示した公約にしてからが、「適正報酬の維持」、「新スキームから展開する新しいコンサルティングビジネス」などというものであり、明るい将来展望を予感させるものは乏しいのである。数年前までは地価公示報酬の値上げを云う候補者もいたが、今や地点減少に抗するのが関の山であり値上げをうたう候補者など皆無であろう。
転職通知を片手にそんな思いで満開の桜を眺めると、まさに「はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに」の心境なのである。
それでも、こうも云えるのではなかろうか。
必ずしも全員に保証されてはいないし、地方固有の現象であることも承知の上だが、公示、調査、固評、相評、競売と少なからぬ鑑定評価業務が用意されているし、一部官公庁委託業務では今年度からはさらに門戸が開放される状況もある。そのような業務基盤を前提にしていえば、まだまだ恵まれた資格であるといえるのだろうし、その状況が存在する内に新ビジネスの展開が考えられないだろうかと思うのである。(三人寄れば文殊の智慧と云うではないか!?)
そういえば「鑑定業界向けの経営コンサルティングで一億円目標」や「鑑定事務所向けのウェブ戦略セミナー」などをうたうF総合研究所などの例(?)もある。どうやらこのような事務所経営スタイルは、相続事案などを中心に都市圏に多い富裕者層を目標顧客として、関連業界とのリンクをより強固にしようとするモノのようである。都市圏に特徴的経営スタイルだとしても、世の中まだまだ捨てたものではないのかもしれないと「浅き夢見し」なのである。
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