パートナーシップの行方

 07/05/28発行(社)日本不動産鑑定協会 メールマガジンは、「不動産取引価格情報提供制度に係る情報の取扱基準」等の制定と、「不動産の鑑定評価等業務に関するパートナーシップ制度」等の一部改定について報せている。


 パートナーシップ制度は1985年に制定された制度であり当初は「資料提供等のパートナーシップ制度」という名称の規程であった。名前のとおり、この規程はその第一項で資料の提供その他の協力をうたい、第二項では協力に対する謝礼標準額を規定していた。それが今回の改正では大幅に改訂され、内容的にはまったく異なるものと云ってよい規程となった。
 規程の前文からして根幹的な改訂がさりげなく盛り込まれている。「不動産鑑定士等」が「不動産鑑定士」に変わったのは鑑定士制度変更に伴うものであるが、「資料の提供」が「地域及び個別的要因分析等に必要な資料の提供」と改訂されたのは、後に述べるような背景を考えると制度の目的変更といってよい大きな改訂であろう。すなわち、従来は事例資料を念頭において広汎に「資料」と称していたものを「要因分析資料」という表現で限定的に示すようになった。なお、改訂前の規程では資料の具体的内容その1で、取引事例と明示していたのである。

 『新規程前文:制度の目的』
 パートナーシップ制度の目的は、当会会員である不動産鑑定士が、不慣れな地域の鑑定評価等業務を行う場合、地元の不動産鑑定士及びその地域の精通者である不動産鑑定士に、地域及び個別的要因分析等に必要な資料の提供並びにその他の協力を得ることにより、鑑定評価等の精度を高めるとともに、その社会的公共的責務を果たし、もって鑑定評価等業務の円滑化を図ろうとするものである。(鑑定協会例規集より引用)

 鑑定評価業務が発生するのは都会であり、その現場は地方に存するというのは往々にして見られる現実である。その業務発生場所と業務実際現場との乖離をつなぐものとして「パートナーシップ制度」があり、その制度の強化育成は鑑定評価の精度向上や鑑定業界全体の発展強化につながるものとして業界の永い間の課題であった。しかし、今回の改正はこの制度趣旨を狭め、本来目的からは逆行するものである。

 『新規程における資料の提供等』
1.資料の提供並びにその他の協力とは、概ね次の事項である。
(1)  価格判断資料及び価格形成要因についての意見等の提供
(2)  公法上の規制等について特に留意すべき事項及び当該地域の一般的な情勢に関する意見等の提供
(3)  対象不動産及び地価公示標準地等の説明
 但し、事例資料については、原則として士協会又は地域会(地域士協会連合会を含む。以下同じ。) において閲覧するものとする。

 改訂規程1.(3)には「事例資料資料は原則として士協会等において閲覧するもの」という但し書きが加えられている。この但し書き「原則」について、第385回常務理事会(平成19年5月8日開催)は「原則」の解釈に関する付帯決議を付けている。

「不動産の鑑定評価等業務に関するパートナーシップ制度」
1.(3)但し書きの「原則として」の解釈
 事例資料の閲覧は、「資料の収集・管理・利用・閲覧に関する規程」によって、士協会において行われることと定められている。しかし、現状は、ごく一部の士協会においては、閲覧に供していない事例資料がある。この場合、当該事例資料を閲覧するには、パートナーシップ制度を活用して、当該士協会に所属する会員から提供を受けているのが実情である。
 今般の改正により、パートナーシップ制度を活用する提供の道を閉ざしてしまうと、実務上支障が生じるので、この場合については、例外的に士協会等の外における事例資料の提供を容認するために「原則として」の文言を規定したものである。

 パートナーシップ規程の改定と前後して、各地の鑑定士協会から資料閲覧の増額改定通知が、最近はよく届くのである。この閲覧料の高額化とパートナーシップ規程への「原則条項」追記との関係が釈然としないのである。
 より的確・精緻な鑑定評価実現の条件の第一が、豊富な資料を基礎とすることであるのは鑑定評価基準を開かなくとも殆ど自明といってもよい。であるにも関わらず閲覧料の高額化とパートナーシップの役割を狭めることはそれに逆行する措置と云ってよかろう。結果的に、我々は自ら我が手を縛っているのではなかろうかと、考えるのである。
 改正点を整理してみるとこういうことになる。従来はパートナーシップ制度による事例提供と、士協会事務局での事例閲覧が並立して維持されてきたのである。それが「事例閲覧」は士協会事務局において、「地域及び個別的要因分析等に必要な資料の提供」はパートナーシップでと分離されたのである。
 さらに「事例資料閲覧場所を原則として士協会又は地域会において」と表現せざるを得ないところに、現在の鑑定業界が抱えている大きな矛盾が示されるのである。つまり常務理事会は「一部の士協会においては、閲覧に供していない事例資料がある」と表現する付帯決議を承認布告することにより、事例がクローズされている実態を追認したのである。一部閲覧に供されていない事例があるから、それらについてパートナーシップによる提供を容認すると云うのである。
 ようするに事例の閲覧は原則地元士協会で行ってくれ、会員間のパートナーシップで行ってくれるなと云うわけであり、地元士協会の閲覧収入を増加させ士協会財政を強化するためには合理性が認められる。しかし同時にそれはパートナーシップの役割を狭めることにつながるものであり、制度の形骸化を招くであろう。我々は今一度、パートナーシップ制度創設の本来目的、目標或いは方向性を再確認すべきではなかろうか。情緒的、場当たり的対応は全体を見誤るものとなるのではなかろうかと案じるのである。
 さらに資料提供のオンライン化、低額化は時代が希求する方向であるのに、一部とは云え資料のディスクローズに逆行する囲い込み容認は鑑定評価の自殺行為では無かろうか。また閲覧料等資料提供対価の高額化は、必然的に入手資料件数を限定する方向に向かわせるものであり、そのことは鑑定評価の精度向上に決してよい影響は与えないであろう。
 この問題は単なる事例閲覧に関わる問題に矮小化してはならないのである。つまり業務の多くが発生する都市圏と業務の現場である地方圏との、好ましい形での提携を目指すものとして存在するはずであり成長するはずであった「パートナーシップ制度」が、単なる事例資料提供制度に矮小化されて推移し、さらには士協会事務局による事例閲覧のディスクローズが進むと士協会財政のためには士協会のみで事例を提供するという方向に変わってきた訳であり、鑑定評価の精度向上という本来目的からは大きく離れたところで、制度イジリが行われてきたと云える。
 業務発生現場の都市圏と業務実際現場の地方圏のリンクは、事例資料閲覧の問題などや今回の改訂などとは無関係に、様々な系列化やネットワーク化が進められており、パートナーシップや事例閲覧場所の限定などはもはや無関係である。しかし系列ネットワーク化は、恒常的に発生する大量一括発注業務には適しても、偶発的単発的に発生する評価業務への対応には適していない。そのような業務をより的確に、より精緻に遂行してゆく方策が求められているのではなかろうか。
 パートナーシップ制度創設の当初から事例資料を安く入手する手段に矮小化されてきたという、制度自体が内在させてきた不幸を断ち切る良い機会を逃したような気がするのである。本来の制度主旨である鑑定評価のビジネス・パートナー、或いはジョイントビジネス鑑定評価という方向を目指すことはできなかったのだろうかと残念に思われてならないのである。
 鑑定評価に際して、事例資料の選択は事例作成と同じくらい重要な作業であるのは云うまでもない。事例が内在させている取引背景、物的背景、地域的背景などといった事柄は地域に精通した地元鑑定士でなければ簡単には判らないものである。
 事例閲覧は士協会で、価格形成要因資料はパートナーシップでなどと安易に分離できるものでないことは、常務理事ならば重々承知していることであろうに、このような改訂を承認しなければならない業界の現状をとても残念に思うのである。
 もう少し具体的に云えば、事務局で閲覧複写してきたデータのみではパートナーの責任は往々にして果たせないと懸念するのである。閲覧複写料が高額になれば当然に入手しようとするデータも限定的になるざるを得ないであろう。その限られたデータに基づくであろう鑑定評価を見過ごすことは、良識ある現地パートナー鑑定士としてはとてもできないであろうと考える。
 ならばこそ、パートナーシップそのものの本来目的、実行に伴う仕様などを抜本的に考え直すことはできなかっただろうかと考えるのである。このような論立ては現実を見ない青臭い書生論であり、お笑い種だという声が聞こえます。茫猿だって内心はそう思っています。だけれども、書生論とか理想論を語ることを忘れ現実論ばかりに走ることがそれほどに良いことなのでしょうか。時に書生談義を論じ合うところから、本質に迫る何かが見えてくると思えるのです。
過去のパートナーシップ関連記事
 花冷えの桜:2006年03月29日
 パロデイとステイグマ:2005年08月01日
 資料委報告その他:2000年04月16日
 真剣に鑑定を考える諸兄姉へ:1999年04月17日
「鑑定協会メルマガ5/28が報じる規程改正」
「不動産の鑑定評価等業務に関するパートナーシップ制度」
 (平成19年5月15日理事会一部改正)
「不動産取引価格情報提供制度に係る情報の取扱基準」
 (平成19年5月8日常務理事会制定)
「事例資料等、閲覧事務のコンピュータ化に係る実施基準」
 (平成19年5月8日常務理事会制定)

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