高松彷徨

瀬戸内フォト紀行・その3である。祖谷渓へ出かける前に、宇野港や高松港付近で見かけたものを紹介しようと思う。


先ずは、例によって例のごとく蓋である。高松は屋島の戦いの古戦場に近い街である。弓をつがえる源氏方那須与一、扇の的を掲げる平家の女官である。

高松は、菊池寛誕生の地である。だから菊池寛通。

高松港付近の夕景、昔は宇高連絡船の発着した場所である。そういえば40数年前に高校の修学旅行で金比羅さんに来たような記憶がある。連絡船に乗って岐阜へ帰る高校生の茫猿を、バスガイドさんが手を振って見送ってくれた写真が何処かにあったはずだ。いいえ、茫猿だけを見送ってくれた訳ではないが、たまたまカメラ目線の写真が手元に残ったというだけのことである。

同じく朝景、4日も香川県内にいたのに、高松市内は港付近と琴電瓦町駅付近しか歩いていない。自民党総裁選挙で有名になった日本一のアーケード街も少し覗いただけである。考えてみたら栗林公園も屋島も玉藻城も四国村も金比羅さんも行っていないのである。

後先逆になりましたが、5日の昼前に付いた宇野港駅前ロータリーのモニュメントです。
いつも急いで通り過ぎるから、詳しく観ていません。このときも慌ただしく撮影して過ぎたのですが、どうやら船のマストに海生動物を配置した構図のようです。宇野駅から宇野港方向を望む写真であり、画面の奥は瀬戸内海です。

同じく、宇野港駅前のモニュメントその2である。説明の必要はなかろうが、廻りの荒削りな石と併せて観れば美女と野獣というか、美女に仕える海獣に見えなくもない。

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