取引事例著作権(2)

 平澤氏の論点のうち、いわゆる新スキーム取引事例情報に係わる部分について、茫猿は若干異なる意見を持つのである。

 平澤氏は「地価公示を考える(4)」において、
 そこで、地価公示の取引事例カードの所有権はどこにあるかという基本的な問題があります。鑑定士が新スキームで集めた取引事例を鑑定協会が独占的に使用できる法的根拠が確保されているか否かが定かでないからです。

 この件に関しては、不動産鑑定士・堀川裕巳氏もEvalution:no.28において「鑑定業界と相互不信社会」と題する記事で関連する問題点を指摘されている。
 茫猿はこれらの問題に関して次のように考えるのである。
1.取引情報の基本的所有権
 不動産所有権移転に関わる登記情報(いわゆる新スキーム一次データ)は法務局において一般に公開(ただし、個別的に開示される)されているものではあるが、多量のデジタルデータとなれば個人情報保護法との関連もあり、政府所有と考えるのが妥当であろう。しかし、このデータは取引価格情報開示基礎データとしても、地価公示評価等基礎データとしてもとても重要であり、地価公示評価員等の不動産鑑定士に開示されて然るべきものである。この際に鑑定士は「不動産の鑑定評価に関わる法律」においても「地価公示法」おいても厳重な守秘義務が課せられているものであり、データの漏洩や目的外利用はその安全が担保されているのである。
2.取引価格情報(照会結果)の基本的所有権
 ここでいう取引価格情報とは、いわゆる新スキーム二次データである。これも地価公示スキームにおいて実施される調査結果であり、一義的には地価公示の委託者である政府にその所有権が帰属すると考えるのが妥当である。
 しかし、地価公示評価員や一部士協会はこの照会調査に要する郵送費をはじめとする諸経費を負担しているのである。この諸経費は地価公示受託費のうちに積算済みであるとされているものの、公示受託件数にかかわらず照会発送並びに回収件数に応じて負担するものであることからすれば、地価公示受託契約そのものが片務契約と云わざるを得ないのである。
 もちろんのこと、地価公示後における共同利活用等の便益を考量すれば、鑑定協会や都道府県士協会が郵送費等諸経費を負担することに相応の理由が認められない訳ではないが、次項三次データ作成に関わる不動産鑑定士側の負担を考量すれば、応分の利用権が認められて然るべきと考えられる。
3.属性調査結果を含む取引価格情報
 このデータはいわゆる新スキーム三次データと呼称されるものであり、提供された取引価格情報についてその属性を調査した結果のデジタルデータである。属性情報とは地理的位置、取引対象地の地形、接面道路、主要施設距離、都計用途、周辺状況等に及び調査結果である。これらは地価公示業務の前段作業と云えないこともないが、地価公示基礎資料として必要と認める事例地等の調査を求められるものではなく、全数調査であり、地価公示未設定地区をはじめ、マンションや農林地にも及ぶものである。 当然に、前述のごとく地価公示に直接必要な事例以外の調査も求められる全数調査という負担を課せられていることから、回収件数に応じてその調査繁忙度が異なるという片務性が指摘できるのである。
 以上の新スキーム事例調査に関わる問題点を考量すれば、この調査を地価公示スキームのなかで処理することが妥当か否かという点が先ず検討されなければならない。即ち、調査受託者を地価公示評価員から鑑定協会や士協会に代わることも検討されるべきであろう。同時に基礎データに付加した属性データについては『周縁著作権』や『隣接著作権』類似の権利が不動産鑑定士側に認められて然るべきと考えるのである。
4.調査経費請求か、著作権や利用権獲得か
 前項の属性調査経費請求について茫猿は慎重であるべきと考える。即ち、取引価格情報開示制度に伴う取引情報属性調査経費について公費負担を求めることは即ち、全ての情報所有権を政府に帰属させてしまうことに他ならないであろうと考えるからである。当然のことながら、茫猿は現在の曖昧な状態を是とするものではない。主張すべきは主張し、得るべきものは得るべきと考えるものである。この点において現在の地価公示業務委託契約はその仕様書に「土地鑑定委員会の行う土地取引状況調査(取引事例アンケート調査)に必要な業務を行うこと」と明記される、一種の附合契約なのであり、地価公示業務受託を希望する個々の不動産鑑定士に選択の余地はないのである。
5.調査そのものの効率化
 先に述べたように、コンピュータ利用が当然でありネットワーク化が進捗した現在において、従来型のアナログ的調査を前提とする土地取引状況調査(いわゆる新スキーム三次データ調査)の履行を念頭に置いた議論そのものが陳腐化しているといえるのである。ネットワークを利用してWebサーバ上のマップシステムを駆使した調査方法が開発されるべきであると考えるのである。何よりも現在多くの公示評価員鑑定士が不満に感じている「過重な調査負担」というものを大きく軽減させる解決策と考えるのである。
 この点に関しては既に他のエントリーで提唱済みであるが、地価公示四十周年記念事業として鑑定協会や士協会が主体的に取り組むべき時期にきていると考えるのだが如何なものであろうか。2008年度パイロット事業として幾つかの士協会において前衛的試行に着手することが期待されるのである。
 もう少し、この地理情報システムを駆使した調査方法について付け加えれば、このシステムの採用により(a)事例地現地への到達が容易になるのである。現地到達はカーナビゲーションシステムを利用すれば今でも容易であるが、緯度経度情報の保存やその後の活用という視点から地理情報システム採用の優位性が云えるのである。次いで、(b)最寄り駅や商業施設、公共施設等への距離データを自動取得することが可能になるのである。コスト負担はあるにしても都計情報のデジタル取得さえも可能なのである。即ち、多くの属性情報がデジタル的に自動的に取得できて、調査に従事する公示評価員鑑定士の負担が著しく軽減されるのである。さらに土地取引状況調査後における公示事例カードの作成や、さらには事後における事例情報の包括的共同利活用を著しく効果的なものに変化させるものでもある。
6.不動産鑑定士の責務
 一次データの閲覧及び利用権、二次三次データの「隣接等」著作権を求めて行くべきと考えると同時に、これらのデータは国民の共有財産であるという側面を有することも忘れてはならないと考える。
 不動産鑑定士というライセンスが「適正な地価形成に寄与することにより、もって公益に資するものである。」とすれば、豊富な資料を基礎とする社会への情報発信のみならず広汎な社会還元を常に忘れてはならないと考えるのである。適正かつ順当な業益というものを等閑(なおざり)にしていては、事業そのものの安定的継続が危ぶまれるものであるが、業益に偏っていては社会の支持や賛同は得られないであろう。
 この点について手前味噌を承知で云えば、茫猿の地元岐阜県不動産鑑定士協会では、既に十年余も前から自己の郵送経費等負担で全数照会調査を継続してきた歴史を有しているのである。それらを踏まえて公示事例二枚目のデジタル化作成も既に着手済みなのである。ただし全数属性調査(三次データ調査)については未経験の分野ではあるが、より多数のデータを基礎とすることにより評価の的確性や安定性が得られるという共通認識は確立済みと云えよう。
 今はなによりも社会が不動産鑑定士に求めているもの、期待しているであろうことに的確かつ迅速に応えてゆくという不動産鑑定士自身の姿勢こそが問われているのではなかろうか。いわば、アナログからデジタルへ、新しい酒は新しい革袋へといった、旧来型手法に固執しない大胆な発想の転換が求められていると考える。
※『鄙からの発信』最近の関連記事
不動産鑑定の近未来 「その1」 「その2」 「その3
※『鄙からの発信』最近の背景記事
事象の連鎖 「その1」 「その2」 「その3」
※その他の関連記事
悉皆調査とREA-NET:その事業課題
「取引事例悉皆調査」
不動産センサス

関連の記事


カテゴリー: 不動産鑑定 パーマリンク

取引事例著作権(2) への1件のフィードバック

  1. デンカの宝刀 のコメント:

    お世話様です。
    日弁連からの通達によると、
    自己の法律事務所名称を商標登録して、同一の法律事務所名称を称している全国の弁護士に対して、商標権に基づいて法律事務所名称使用を控えるように求めた弁護士がいたそうです。
    商標とは商売道具みたいなものですが弁護士業も聖職から商売へと変わってきたみたいです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください