鑑定評価偽装事件

 前号記事「評価額の見積合わせ」に云う、「08/06/17付け証券取引等監視委員会の金融庁宛勧告」は異様な文書である。僅か1300字ほどの短い文書に「不動産鑑定業者」が12回、「不動産の鑑定評価」または「鑑定評価」が6回出現する。


「国土交通省の面目」
 鑑定評価の所管庁でもない金融庁傘下の証券取引等監視委員会の短い文書に、計18回も所管外業種名や資格業務名が出現しているのである。異例と云ってよかろう。霞ヶ関村の住人とはいえ、他者に自らの庭先の有り様についてずけずけと指摘された、所管庁の面目やいかばかりであろうかと思うのである。しかも昨今の状況に鑑みて、鑑定協会に「証券化鑑定評価実施状況調査」の実施を指示したばかりである。他にも、08/05/20には「証券化対象不動産の価格に関する鑑定評価手法適用上の留意事項の一部改正」を指示し、08/03/27には「不当な鑑定評価等及び違反行為に係る処分基準」を公表したばかりである。 ここで「依頼者指示待ち鑑定評価の存在」を放置すれば、地価公示や地価調査に係わる社会の信頼は大きく揺らぎかねないのである。
「指弾されるのは鑑定業者」
 勧告書は、不動産鑑定業者への不適切な働きかけとして、「不動産鑑定業者の独立性を損なう不適切な働きかけを行い、特に、うち1物件の不動産については、概算評価額が売主の売却希望価格に必ず到達するよう、特段の働きかけを行っていた。」と、プロ・レジ投資法人関係社を指弾している。
 また、「売主の売却希望価格を伝えたうえで概算評価額の算定を依頼し、概算評価額が売主の売却希望価格に達しない場合には、当該希望価格以上又はそれに近似する額が提示されるまで、不動産鑑定業者を追加して概算評価額の算定を依頼する」ともいい、「売主の売却希望価格以上又はそれに近似する概算評価額を提示した不動産鑑定業者に鑑定評価を依頼する」とも云う。
 さらには、不動産鑑定業者に対する不適切な資料提供に係る善管注意義務違反として、「当社は、当社の利害関係者からの取得となる不動産の鑑定評価を依頼するに際し、不動産鑑定業者に対し、不適切な資料の提供をし、必要な資料の提供をしなかった。」と云う。
 これらは一見するとプロ・レジ・アドバイザーズ(株)の不適切な行為をや善管注意義務違反を指摘しているように読めて、それらの不適切な働きかけに唯々諾々と応じた鑑定業者の姿勢は不問のように読める。それは不動産鑑定評価が監視委員会の所管外であるからであり、国家資格を有する専門職業家が依頼者の不適切な依頼に疑問無く応じたことは、今後、国交省が厳しく糾弾するであろう。
 監視委員会が依頼者・投資法人の善管注意義務を指摘するように、国交省も受託者である鑑定業者の、専門職業家として本来払わなければならない善管注意義務について指摘せざるを得ないであろう。
 改めて言挙げするまでもないが、不動産鑑定評価基準:第1章不動産の鑑定評価に関する基本的考察:第4節不動産鑑定士等の責務は、鑑定士の在り様を次のように示しているのである。

 不動産鑑定士等は、不動産の鑑定評価を担当する者として、十分に能力のある専門家としての地位を不動産の鑑定評価に関する法律によって認められ、付与されるものである。
 したがって、不動産鑑定士等は、不動産の鑑定評価の社会的公共的意義を理解し、その責務を自覚し、的確かつ誠実な鑑定評価活動の実践をもって、社会一般の信頼と期待に報いなければならない。
 そのためにはまず不動産鑑定士等は同法に規定されているとおり良心に従い誠実に不動産の鑑定評価を行い、専門職業家としての社会的信用を傷つけるような行為をしてはならないとともに、正当な理由がなくて、その職務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならないことはいうまでもなく、さらに次に述べる事項を遵守して資質の向上に努めなければならない。

「鑑定協会の自治、自浄能力」
 今まさに問われているのは、(社)日本不動産鑑定協会の自治、自浄能力である。プロ・レジ投資法人が開示する同社が評価依頼を行った鑑定業者名には著名な事務所が多いのである。それらの代表者は鑑定協会の要職にある方も少なくない。綱紀委員会や理事役員会に偉材多しと云えども、「馬謖を斬ることは」容易ではなかろうと思われる。返り血を浴びかねないし、紛糾の拡大は社会の信頼を一層傷つけることにもなりかねない。 とはいえ、無為無策や不作為は業界の混迷を招くばかりであろう。
 今回の事件は想像以上に根深いものがあるだろうと思われる。ただ単にプロ・レジ投資法人関連に固有の限定的な問題ではないと思われる。 昨年2月に発生したダヴィンチ・セレクトへの勧告が与えた教訓が何も学習されていないだけでなく、少なからぬ証券化不動産対象の鑑定評価に類似行為が認められる事象であろうと推察されるのである。
 とすれば、「馬謖を斬る」だけではすまされないと思える。その意味から願わくば、プロ・レジ投資法人関係だけでなく、監視委員会が指摘する「概算評価額の算定」等類似行為に係わった方々は、自ら実情を開示し釈明を行い、出処進退を明らかにして頂きたいと願うのである。 まさに士(サムライ)の立ち居振る舞いを期待するのである。
【蛇足】
 このエントリーを「鑑定評価偽装事件」と題するのは、アカ福の賞味期限偽装事件や船場キッチョーの占有放棄食材使廻し事件とは本質的に異なるからである。両事件の関係者が提供した食材は、やや日限を過ぎていたかもしれないが、やや気分を害するものであるかもしれないが、本物である。(とはいって、許される行為ではなく、反社会的行為である。)
 ところが、概算評価見積合わせ事件は、表面的には鑑定評価であっても、その内実は似て非なるものである。いわば表紙だけ本物、中味は依頼者の指示のままであれば、それは鑑定評価でも何でもない。前掲の鑑定評価基準:基本的考察に照らす迄もなく「鑑定評価類似行為」にもあたらないのである。  であればこそ、鑑定評価偽装事件と云うのである。気分的な問題を別にすれば消費者に実損を与えない偽装事件と異なり、鑑定評価偽装は一般投資者に不測の損害を与えかねない行為なのである。
 ところで、自身の矩を超えることがなければ、「高値概算評価額提示コンペ」に参加しても許されるという意見もあるだろうと思う。  でも、考え直して頂きたいのである。詳細調査もしないうちに、概算額とは云え価額提示を行うことが、いかに危険なことであるのか。  まして対象不動産が市中の小規模更地ならともかく、比較的大型の収益物件なのである。エンジニアリング・リポートも読まない内に、神様でもないのに概算額とは云え提示できるわけがない。
 そういう、曖昧かついい加減な評価並びに受託姿勢が鑑定評価を破壊する自損行為であることに気付いて欲しいのである。  鑑定評価が神聖で尊厳なものであるなどと事大主義を云うのではない。鑑定評価に向かう真摯な姿勢が有りや無しやと問うのである。  さらに、もっと重要なことは業界のリーディングオフィスが、そのような自損冒涜行為に加担することによる斯界への影響も考えてほしいのである。  プロ・レジ投資法人関係企業のような依頼者は必ずこう言って、「高値概算評価額提示コンペ」に若手鑑定士を誘うであろう。

 ××先生にも概算額をご呈示頂きましたが、少し足りないので、先生に頑張って貰えると助かるのです。私を助けると思って、あとちょこっとだけお願いしますよ。(腹中で小馬鹿にしながら、揉み手と笑顔である。)

 先般来、茫猿が提案してきた「地理空間情報活用推進プロジェクト:NSDI.pt」は、今回の事件に遭遇して座礁を余儀なくさせられるであろうと予想する。近々、開催が予定されている役員会は混乱し紛糾するであろう。NSDI.ptどころではないはずである。紛糾などなく地理空間情報活用推進プロジェクトが和気藹々と話題になるとすれば、それはそれで大きな問題であろう。
 なによりも、この事件で所管庁は鑑定協会に対して、当面の間、好意ある視線をかけてくれることは有り得ないだろうと予想する。それは杞憂に過ぎないと考えるほど、茫猿はお人好しでもない。だから今は暗澹たる思いなのである。

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