試される不動産鑑定士

 平成21年地価公示の作業が山場に差し掛かっている。 H21地価公示は久しぶりに鑑定士がその力量や存在意義を試される公示といってよいであろう。 なぜ試されるのかを云う前に、地価公示という事業に詳しくない読者のために、その作業の流れを説明しておきます。


 地価公示は、毎年次1月1日現在の土地価格を、全国約2万9千地点の公示標準地について3月中旬に公表するものです。業務の流れをいえば、鑑定士にとっての公示業務年度は前年の7月に公示評価員委嘱状を受け取ることから始まります。 9月の上旬に第一回の会議(全国各地区の分科会会議)が開催され、前年公示標準地の点検見直し作業が始まり、取引事例や賃貸事例等、資料の収集を行いながら地価の動向について数回の会議を行って様々な検討を重ねた上で、地価公示評価書を作成して翌年1月中旬に業務委託者国交省へ納めます。
 つまり、評価書作成納品から公表までには約二ヶ月のタイムラグが存在します。 同時に、個人情報保護法の施行以来、最新の不動産取引情報を得るには様々な障壁ができており、H21公示評価に採用する取引情報は取引件数動向や動態も含めて、平成20年10月位が得られる限界です。つまり、公表時点においては数ヶ月前の地価動向を基礎とした評価結果ということになります。
 このタイムラグを埋めるために様々な努力が為されています。国交省が四半期毎に公表する「地価LOOKレポート」もその一つです。 地価公示評価員としても、年末年始をよそにして取引情報や地価動向情報の収集に努めます。  とは言っても、努力には限界があり、平成21年公示評価の基礎とする主力不動産情報は平成20年夏頃から秋口にかけてのものに頼らざるを得ないと云うのも実情です。
 以上の作業工程でお判りなように、年間の地価推移動向が同じ方向 (上昇基調あるいは下降基調、横這い傾向) を辿っている場合には、それほど大きな問題は生じませんが、今年は違います。 年初以来の経済動向並びに地価動向をいえば、年初から春先にかけては一部に翳りが見えたものの大勢は横這いないし上昇基調、あるいは下落幅の縮小傾向といった状況でした。この見解は都市圏域、特に銀座や名古屋駅前など都心商業地域と、岐阜県の山間部などに代表される地方圏とでは随分と違いがありますが、大勢としてはこのように云えるでしょう。 このことは前述の地価LOOKリポートにも歴然と現れています。
 しかし、本年夏以降は茫猿が述べるまでもなく様変わりの状況にあり、それは日を追って深刻化しつつあります。 例えば、暫く前に茫猿は「今年の不動産競売申し立て件数の著しい増加」を記事にしたことがありますが、秋以降は反転して減少傾向になっています。 競売件数というものは経済状況が深刻化したら直ちに増えるというものではなくて、当然のことですが債務者の耐え凌ぐ努力というものがありますから相応の時間差を経て競売申し立てという最終処理に至ります。 今現在の減少傾向は台風の目のなかにいる、しばらくの静けさのように思えるのです。
 公示評価員が集って地価動向の分析検討を行う会議でも、話題になるのは夏頃までの安定したやや上昇傾向を含んだ取引動向や地価水準です。秋以降の実態については確たる資料が乏しいことから、一般的経済資料や伝聞情報をもととせざるを得ないので議論に迫力や確実性を欠くのも否めないことです。
 茫猿が「試される不動産鑑定士」と標題するのは、まさにこのことです。 この夏を境にして潮目が変わってしまった地価動向をどのように捉えるのか。
 下落基調に転じた、下落幅が拡大傾向にあるという認識には、多くの評価員にさほどの差異はないように思われますが、下落傾向の傾斜度把握にはまだ相当の差が存在するように思われます。 前半の地価動向を重視する派と後半の経済失速を重視する派とでは、得られる評価結果に相当の差異を生じてくるのです。 つまりこういうことです。前半の動向を+3%、後半を-3%、トータル±0%と見る評価員と、前半を+2%、後半を-5%、トータル-3%と見る評価員とでは、0%や-3%の結果しか表示されない公表時地価公示では与える印象が全く異なります。 しかも公表時期は翌年三月なのです。
 9月の中旬以来下落につぐ下落傾向にある株価だが、最近三ヶ月の東証株価指数は08/29の1254を最高値にして9月中旬から10月上旬にかけた下げ基調(10/27:746)は、その後の乱高下を経て、最近は軟弱ながら800~850のあいだに安定していて、底値圏という観測もある。 しかし為替は円高基調に歯止めがかからない。昨日は90円を切るドル安である。これが正当な評価ならいいが、金融危機以降、行き場の無くなった海外ファンドが展開するチキンレースに付き合わされているのなら、とても堪らない話である。
 トヨタ自動車の好調に支えられていた東海環状自動車道路沿線の工場地の地価、派遣社員や期間契約社員がリストラにさらされている輸出関連企業が立地する地域の商業地地価、あるいは派遣・期間職員が消えて空き家が増えた賃貸住宅価格、賞与がカットされ正社員の退職勧奨が噂されて生活防衛に走らざるを得ない人々が取得を先送りする地域の住宅地地価、それらの動向推移をどのように判断するのか。 工業地、商業地、住宅地のいずれのジャンルでも先行き不安が募っている現下の状況を、どのように把握し、どのように地価評価に反映させるのかが問われているのです。
 先のことは判りません。確たる基礎資料がなければ評価できませんと回避するのは簡単ですが、不動産鑑定士には、需要と供給の原則、変動の原則、何よりも予測の原則を理解して評価に反映させることが求められているのです。 鑑定評価の『鑑定』とは、まさにそういうことなのです。 だから試される不動産鑑定士と言うのです。
 それから蛇足になりますが、誤解を招かないために申し添えておきますと、地価公示価格というものは直近の地価動向のみを必死に追いかける筋合いのものではございません。 地価公示法第一条は地価公示の目的について、このように述べます。

(地価公示法第1条)
 標準地を選定し、その正常な価格を公示することにより、一般の土地の取引価格に対して指標を与え、もつて適正な地価の形成に寄与することを目的とする。

 今起きている現象を決して無視するものではございませんが、高騰期であれ低落期であれ、今起きている現象に無闇に引きずられることなく、適正と考えられる地価の在りどころを示すことに目的も意味もあるのです。 だから地価公示は、上昇期においては「その価格では買えない。」と叩かれること多く、下落期においては「その価格では売れない。」と叩かれるのですが、内心では「取引の指標を示しているのであり、買い指し値や売り指し値を示しているのではない。」と、叩かれることに耐えるのも矜持の一つと云えましょうか。

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