グラン・トリノとは何のことかと思ってたら、1972年製フォード車のことだった。ツードアハードトップ、コカコーラボトルシェイブの車のことである。 当時の米車ならば同じフォード車のマスタングが好きだった。やはりコカコーラシェイブの「荒馬」という名前にふさわしい車だった。アクセルを一杯に踏んで急発進すると、後輪がスリッドするような金属音を立てたものだ。 といって貧乏学生の茫猿がマスタングを転がしたという訳ではない。悪友の派手な乗り回しを眺めていただけのことである。
某月某日、デスクワークに気分が乗らないし、雨だから実査に出かける気もしないから、映画でもと思ってとあるシネコンに出かけた。 お目当てはクリント・イーストウッド監督主演の「グラン・トリノ」である。 ところが、グラン・トリノは人気薄なようで小スクリーンで三時間後の上映である。 その三時間の暇つぶしをどうするかと思案していたら、「レッドクリフⅡ」が間もなく上映開始とあるから、迷うことなくレッドクリフⅡとグラン・トリノのチケットを購入して、先ずはレッドクリフを観たのである。 日に2本の映画を観るなど学生時代に名画座で三本立てを観て以来のことであった。
「レッドクリフ」は三国志赤壁の戦いである。大軍を擁する魏の曹操に対する蜀と呉の連合軍が、孔明の秘策で十万本の矢を手に入れ、風向きの変化を読んで敵船に火矢を射かけて大勝利を得るという物語である。 スペクタクル映画として楽しめたけれど、CGの多用は興醒めの部分もある。 まあ単純娯楽映画。
「グラン・トリノ」は「ミリオンダラーベイビー」、「父親達の星条旗」、「硫黄島からの手紙」と記憶に残る映画を送り出してくれたクリント・イーストウッドに惹かれたのと、「俺は迷っていた人生の締めくくり方を。 少年は知らなかった、人生の始め方を。」という惹句に心が動いたのである。
イーストウッド演じる主人公には朝鮮戦争が影を落としており、隣家に移住してきたミャオ族の姉弟にはヴェトナム戦争が影を落としているのである。 陰のテーマである”グラン・トリノ”は70年代当初のフォード車であり、日米自動車競争に今や敗れた米国車という経済問題も下敷きにしている。 米国中西部に住む朝鮮戦争のヒーローが隣に移住してきた(イエロー)ミャオ族に偏見を持ちながら、いつか少年の自立を手助けしてゆくという過程がドラマの縦糸であり、ヴェトナム(或いはラオス?)から移住してきたものの、アメリカンドリームを実現する手だてが見つからず落後し、仲間内でイサカイを始めるミャオ族の若者達が横糸である。 デトロイトの衰退が影響してか主人公の居住地が荒廃してゆく様も陰のテーマであろう。
妻に先立たれ息子達に疎まれている頑固で偏屈な老人がどう変わってゆくのか、彼はなぜ人生の締めくくり方を探していたのか、そしてクリント・イーストウッド自身の俳優人生の締めくくりにも重なって見えるラストシーン。 物分かりの良い老人という生き方などには背を向けて、自分の信じるところに向かって突き進んでゆく小気味良さなどなど、老境に至ったからこそ描けることもあるのだし、言えることもあるのだとイーストウッドが語っているように聞こえてならない。
《フォード製・グラントリノ1972》
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