遺す言葉

 「遺す言葉」とは、ご大層なタイトルである。 昔、”暮れなずむ町の光と影のなか”という歌い出しで始まる「贈る言葉」というヒット曲があった。 それにならって、暮れなじみ始めた茫猿が、最近にお会いした何人かの御同業の後輩諸氏へ遺す(のこす)言葉である。 彼らは一様に現状を嘆き、閉塞感を訴えるのである。 彼らが何かを進めようとしていない訳ではないが、そこに戦略性が乏しいし戦術に柔軟性が薄い。 どうか、いつもの茫猿節よと冷笑せずに、終わりまで聞いてほしいと願って遺す言葉なのである。


 といった書き出しで記事原稿を用意したのは、六月半ばの頃である。それは、その頃にいただいた次のe.Mailがきっかけであった。

 NSDI-PT事業を取り巻く客観状況については、概ね理解いたしました。
業界の内向き議論がネックになっているわけであり、それはとてもよく判ります。 しかしながら、「新スキーム事例調査の重すぎる負担=公示離れ」が進んでいるのも事実であり、当地方においても配分地点数の少ない地価調査については、受託を返上したいという会員が出始めている状況です。
 一方でSYシステムさんに代表されるように、安い事例を使い、安い報酬で地方鑑定士を利用して大きな利益を上げる組織もあります。 H23公示も地点数が10%も削減されるようですし、当地方では地価調査廃止へ向けた動きもあります。そんな中で、「あなた事例資料を作る人、わたし使う人」といった状態が続けば、二次データや三次データを調査・作成する担い手すらいなくなってしまうのでは・・・と懸念されます。
 なんとか事例資料作成者に作成実費だけでも還元したい、しかし財源がない、という隘路をいったいどう解決したらいいのでしょうか・・・(K.N氏からのe.Mail)

 このe.Mailを頂くのと前後して、「不動産鑑定業の教科書:井上明義著:PHP研刊」という書籍が手元に届きました。著者はこの本のなかで、鑑定業の歴史から説き起こし、現状を分析し、そして将来を展望しています。著者の視点は鑑定評価(理論あるいは実務)にあるのではなく、ビジネスとして不動産鑑定評価を捉え、書名のとおり業の歴史と現状と将来展望を説いています。 茫猿は著者の主張の全てを肯定するものではありませんが、耳を傾けるべきところが多いと拝見しました。 特に以下に引用するところは、まさに著者の主張のとおりであり、かねてから著者が実践してきたところでもあろうと思います。

「不動産鑑定業界の直面する問題点」《不動産鑑定業の教科書より引用》
 今後、不動産鑑定業界は、不動産鑑定商品を社会に役立つもの、より使いやすい商品にすることは、当然のこととして追求せねばならないと思われます。そして、それに付け加えて、顧客にとって利用価値の高い不動産鑑定商品を核とした複合商品を作り上げる必要があると思います。
 すなわち、不動産鑑定が中心なのですが、それに顧客の要望する不動産鑑定以外の付加価値をセットにしたような商品の開発が不可欠と思われるのです。この不動産鑑定以外の付加価値を持つものとしては、不動産鑑定の周辺業務的なものが候補に上がりやすいと思います。

 鑑定評価をビジネスとして捉え、顧客の求めるものは何であるかに意を用いてきたであろう著者並びに著者が主宰する鑑定事務所の業容は、順調に拡大してきたのであればこそ、斯界の批判を招いたのであろうと思います。 端的に云えば「安い事例を使い、安い報酬で地方鑑定士を利用して大きな利益を上げている。」と批判されるのです。
 でもよくよく考えてみれば、著者はマーケットのニーズを掘り起こしたのであり、市場に芽生え始めていたシーズを育てたのだと云えましょう。新しい鑑定評価需要を掘り起こした先駆者であればこそ、斯界の批判を招きましたが、今や追随する事務所や組織は多くなっています。著者のビジネススタイルを茫猿は全面的に肯定は致しませんが、少なくとも鑑定評価市場には受け入れられた、言い換えれば市場のニーズに応えたと云えると考えます。
 茫猿はこんなふうに考えるのです。
1.SYシステム社をただ批判するだけでは何も始まらないし、前に進めない。
 誰もが井上明義氏のビジネススタイルを真似るわけにはゆかないし、真似る必要もない。しかし、鑑定評価をビジネス(商売:あきない)と捉え、顧客の満足度を高めるためには、何をしなければいけないのかと、日々追求する井上氏の経営姿勢に学ぶ点は多かろうと考える。
 井上氏がいう”不動産鑑定商品”という表現には違和感を感じる方もいるだろうが、専門職業家が対価を得て提供する”書類”(受託成果品)であれば、それを称して商品という表現もまた頷けるのである。
2.鑑定業界の為とか、地元の士協会の為などと考えない方が良い。
 鑑定評価という業務は、地価公示を始めとする鑑定士の協同作業(事例等評価基礎資料の協同作成)の上に成り立っている業務である。いわば [One for all,All for one] の世界である。とは云え斯界の為とか、地元士協会の為などというお題目は疲れるだけである。先ず自分のためを優先すべきである。 ただし、目先の自己中心主義はいただけないし、斯界の協同作業を乱すだけであろう。 自分の為とは云っても、高い戦略目標としての”自分の為”である。 間違っても、業界のためなどというお題目を唱える必要はないし、そんな唱えは欺瞞である。
3.せめて五年、できれば十年追いかけるターゲットテーマを持ってほしい。
 自分の為、結果として斯界の為にもなる、そんな戦略目標を持ってほしいし、高く掲げてほしいと思います。
 もう一点付け加えれば、デジタル化の進展は否応なく鑑定評価という商品にコモディテイ化を招くものであり、であればこそ、『フラット化する世界 』のなかでフリードマンが説く次の一節に納得させられるのです。

 医師、弁護士、建築家、会計士などの知的職業にたずさわるアメリカ人は、人間同士の微妙な触れ合いに精通しなければならない。なぜなら、デジタル化できるものはすべて、もっと賢いか、安いか、あるいはその両方の生産者にアウトソーシングできるからだ。
 バリューチェーン(価値連鎖)をデジタル化でき、切り分けることができ、作業をよそで行えるような活動は、いずれよそへ移される。 誰であろうと、自分たちの付加価値がなんであるかを、見据える必要がある。
 (以上、『フラット化する世界 』 フリードマン 日本経済新聞出版社より引用。)

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