負けいくさにかける(94) 《3/4》

負けいくさにかける(94) [重い知能障害をもつ人たちの中で]
滋賀県東近江市 止揚学園リーダー・福井達雨氏筆《2/4》
※本記事は止揚学園のご好意により、冊子止揚連載記事を転載しております。
今回は百五歳を迎えられた福井先生のお父上を語り、そして老境を迎えて感じる幸せを語っておられます。 本記事は「その三、あと百年は生きる」です。


三、あと百年は生きる
私が子どもの時、「朝鮮、ちょうせん」とよくからかわれました。私にもそんな時代があるのですから、父親は苦しいことが過去には一杯あったと思います。でも、父親が昔を語る時、口から出てくる言葉はとても楽しそうで、私たちの心を明るくしてくれることばかりです。しかしその話を聞いている時は、なぜか私は父親の笑いの中にある悲哀を感じてしまうのです。
さて、父親は毎日、明るく元気な生活を送っています。入浴の時だけは私の連れ合いの光子さんと次男の生(いくる)が介護をしていますが、それ以外は何もする必要がありません。性格も明るく、暗くなるような愚痴は一切言いません。そして、私たちを困らせることはほとんどありません。
その父親の日々の生活を目の前で見ていると、時々イライラすることもありますが、深いことも教えられています。 百五歳にもなると、何をしても「百五歳やからなあ」と許されます。その特権を上手に利用して、父親は毎日天衣無縫、天真欄漫で自由な生き方をしています。
先日のこと、私の家から歩いて十分ほどの所にある病院へ定期検診に行くことになりました。自動車に乗せようとすると、
「こんな晴れた美しい日に車で行くのはもったいない」
と言い出し、連れ合いの光子さんが車椅子に乗せて連れて行くことになりました。
美しい水の流れる川の土手を車椅子が行きます。鯉や小魚が泳ぎます。鴨やかいつぶりが遊んでいます。田や畑、山や林、美しい自然の中をゆっくりと進む車椅子に、父親は上機嫌の時を過ごしました。
病院で診察を受けた後、お医者さんが「血圧も、血糖値も正常ですし、どこも悪い所はありません。本当に元気ですね。きっと世界の最高年齢になるまで生きられます」と言って、手を合わせて父親を拝んでくれると、父親は大きな声で笑い、大喜びをしていたそうです。
しばらくした時、側にいた看護婦さんが「一つ聞きたいことがあるのですが、心配なことが起きた時、どう対処したらよいのでしょうか。教えてくれませんか」と尋ねたそうです。父親はしばらく考え、「そんなこと分からんなあ。今から心配していてもしようがないわ。すべて神さまに任せて問題が起きた時に考えたらよいのや。私は百五歳になって、いつも若い人たちの優しい心に包まれ、周囲の人たちも皆いい人やから何も心配することがあらへんのや。いつも幸福で、感謝、感謝や。バンザイ」と車椅子の上で両手を挙げて、大きな声で叫んだので、そこにいた人たちが皆、驚き、
「なんて元気で、幸福なおじいさんでしょう。どんな時も感謝を忘れず、楽しく過ごしておられるので、こんなに長生きできたのでしょうね。羨しいです」と質問した看護婦さんが付き添っていった光子さんに語ったそうです。
父親の誕生日には、止揚学園の仲間たちが明るい笑顔でお祝いをしてくれました。父親は誕生ケーキのろうそくの灯を一気に吹き消すほど元気で、出てくる食事もおいしそうにたべていました。
「あと何年生きるつもりですか」という皆の質問に、
「あと百年は生きるよ。大丈夫や」
と大言壮語し、皆がエエッと驚くと、(してやったり)と得意気な父親でした。
人間関係が希薄になり、自分の力で生きなければいけない風潮が強くなってきている社会の中で、弱さを持った老人が切り捨てられて孤独化が進みます。しかし、若い人たちと強い杵を持って、活き活きと生きている老人たちもいます。
父親の生きる姿を見ていると、(こんなことをしたら若い人たちから嫌われる。やめとこう)という後ずさりをした消極的な姿勢はなく(若い人たちは積極的にぶつかっていったら、喜んで受け入れてくれる心の広さを持っているんや)と強く信じていて、自分からどんどんと若い人たちの中に入っています。そして、受け入れてくれる若い人たちに深い感謝を持っています。
私は(人間関係が希薄になる現代社会の中で、老人が寂しい思いをして、孤独にならない秘訣が、答えがここにあるなあ)と父親と同じ家で生活しながら教えられています。
止揚学園では、職員たちの両親が老化し、一人で生活できなくなつた時、(できるだけ息子や娘のもとで一緒に生活しよう)と考えています。今まで七人の親がいたのですが、二人は子どもや私たちに看取られて天上に召されました。

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